19. 逆境
ひりつく日が続いた。
文学フリマ以来、僕は真莉愛と言葉を交わせないままでいる。
毎日やり取りしていた何気ないメッセージも途絶え、学校では顔を合わせることもなくなった。
一度だけ廊下ですれ違ったことがあったけれど、目が合った瞬間に視線を外された。
距離を置かれていることがはっきりとわかる。
そのことを自覚するたびに、胃の辺りを無造作につかまれたような感覚に陥った。
間の悪さというのは重なるもので、僕のデビュー作に対する否定的な感想を書き連ねた記事を、例のアカウントがもう一つ公開していた。
内容としては『何度も改稿したわりには全然面白くなってない』『主人公とヒロインの関係がテンプレすぎ せめて負けヒロインでも出てくればいいのに』『やっぱりリア充には恋愛ものを書くのは無理なんじゃないか』などと散々な言われようだった。
一度ならまだしも、よほど気に入らなかったのか。
それとも、少しでも癪に障る作品や作家には誰彼かまわず当たり散らしているのか。
二回目だから僕にも多少なりとも耐性はできていたけれど、それでも誹謗中傷ともいえる否定的な言葉の数々には辟易した。
一つ目の記事と合わせて、今も僕の中で尾を引いていないと言えば嘘になる。
「シュンちゃんよぉ」
昼休みになってすぐ、知春から声をかけられた。
「ちょっと、行くべ?」
知春は親指をくいっと背中のほうへ向ける。
売店か食堂だろうかと思ってついていくと、向かった先は屋上だった。
適当な場所に並んで腰かける。
「何があったんよ?」
当然ながら知春も様子の変化に気づいているのだろう。
もしかしたら里香から何か耳にしているのかもしれない。
僕が文学フリマの日のことを打ち明けると、知春は「うーん……」と腕組みをした。
「それはなぁ……。んで、ずっとシカトされちゃってんだ」
「そう……だね」
「俺もよぉ、シュンちゃんがなんとなく落ち込み気味ってのはわかってたし、マリアちゃんとギスってる感じってのはリカからちょっと聞いててさ。なんつーか……シュンちゃんも悪いのかもしんねーけどよ、シュンちゃんの気持ちもわかるだけに、なんとも言えねーな。ごめん、慰めにもならんくて」
「ううん、そうやって気にかけてくれるだけでも嬉しいよ」
話題を変えようと、例のアカウントの話をする。
聞いて楽しいものではないと思うけれど、この際いろいろと話を聞いてほしかった。
「なんだそりゃ、そんなヤツいんのかよっ」
知春はおもむろにスマートフォンを取り出す。
例のアカウントを調べているようだった。
「許せねえな、言いたい放題言いやがって……自分ではまともに小説書けもしねーくせによ。ぶん殴ってやりてぇな」
不意に、鼻の奥がつんとする。
もっと早く知春に打ち明けておけばよかったかもしれない。
「つーかコイツ、いろんな人にボロクソ言ってんじゃん。よっぽどだな」
「ブログで二回も非難記事を出すっていうのは、たしかにそうだね」
「まさかとは思うけど、他にもこんなヤツいねーよな」
知春はさらに調べ始める。
これ以上何も見つからないでほしいというのが正直な気持ちだ。
感想は読み手それぞれだけれど、わかっていても否定的なコメントにはどうしても身構えてしまう。
「うーん……どこにでもいんのかぁ、こういうヤツら」
知春は顔をしかめる。
知りたくなかった——けれど、この際だから確認しておく。
「このさ、のりたまとかいうやつ」
知春がスマートフォンの画面を向けてくる。
そこにはかつてのフォロワーさん——のりたまさんのTwitterアカウントが表示されていた。
『書籍化したからって調子に乗ってるのかね』
『最近の白金の小説は見てられない』
『カノジョができたからって浮かれてるのか』
『もう読まない 時間の無駄』
眉をひそめてしまう。
かつて僕を応援してくれていた《supernoritama2》はもうどこにもいなかった。
「この白金っての、明らかにシュンちゃんのことだよな。ご丁寧に書籍の画像まであげてくれちゃってよ」
「うん……元々フォローし合ってたんだけど、いつの間にかフォロー解除されちゃってさ」
「マジかよ、元フォロワー? それでよくこんなこと言えるよな、気が知れねーわ」
「…………ん?」
カノジョができたから浮かれている——なんでそんなことがわかる?
僕はこれまで白金式部アカウントで、カノジョができたことなんて一度も公開したことはない。
もちろん、Twitterだけじゃなくて他のSNSやサイトにも。
白金式部の中身が僕であることを以前から知っていて、しかも僕に彼女ができたことを知っているのは——三人しかいない。
知春がこんな真似をするわけがないし、ハルさんだってそうだ。
そうなると——。
あの人の顔を思い浮かべて、戦慄する。
いったいどんな気持ちで僕のことを応援して——どんな気持ちで非難していたのか。
思わず立ち上がってしまう。
「どうしたよ、シュンちゃん」
僕の真横で、知春も腰を上げた。
まだわからない。
でもきっと、ほぼ確実にあの人だろう。
——待てよ。
そう考えると、例の記事を書いたアカウントも、まさか。
スマートフォンで例の二つの非難記事を確かめる。
よくよく読んでみると、何度も改稿しただなんてどこにも公開したことのない事情を知っているし、負けヒロインやリア充といった言葉選び——どれもがあの人に通じるものがある。
この非難アカウントに関しては憶測の域を出ないけれど、可能性は高い。
「あ、うん……ごめん、なんでもないよ。ちょっとショックで」
知春に無用な心配をかけないよう、はぐらかしてしまう。
彼は小さくため息をついた。
「まあ、元フォロワーがこんなこと言っちゃってるからな……無理しないでくれよ。こんなん、勝手に言わせときゃいいんだし」
「うん、ありがと、トモ」
***
その夜、自室でふみふみのアーカイブ動画を観ていると、今井さんからメールが届いた。
なんとなく嫌な予感はしたけれど、すぐに開いてみる。
『お世話になっております、今井です。
先日の企画書を読ませていただきました。
大筋としては興味深いのですが、今一度練り直していただければと思っております。
添付のPDFファイルに私からのコメントを記載しておりますので、
お手数ですがご確認いただけますと幸いです。
引き続きよろしくお願い申し上げます。
』
再提出。
一発でボツになるよりは、まだ望みがありそうか。
メールに添付されたPDFファイルをダウンロードして、さっそく内容を確認する。
僕が送付した企画書に直接朱書きしてスキャンされたものだった。
テーマ設定からあらすじの部分まですべて、びっしりとコメントが書かれてある。
ここまでくると、最初から企画を立て直したほうが早いのでは、と思えるほどだった。
むしろ、今井さんとしてはそれを意図しているのかもしれない。
——ここが踏ん張りどころだ。
デビュー作だけで消えていった小説家は星の数ほどいる。
ここが、僕が流れ星となって消えてしまうかどうかの分岐点。
ただ、今は——今だけは少し休みたい。
椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じて深呼吸をした。
文学フリマ以来、僕は真莉愛と言葉を交わせないままでいる。
毎日やり取りしていた何気ないメッセージも途絶え、学校では顔を合わせることもなくなった。
一度だけ廊下ですれ違ったことがあったけれど、目が合った瞬間に視線を外された。
距離を置かれていることがはっきりとわかる。
そのことを自覚するたびに、胃の辺りを無造作につかまれたような感覚に陥った。
間の悪さというのは重なるもので、僕のデビュー作に対する否定的な感想を書き連ねた記事を、例のアカウントがもう一つ公開していた。
内容としては『何度も改稿したわりには全然面白くなってない』『主人公とヒロインの関係がテンプレすぎ せめて負けヒロインでも出てくればいいのに』『やっぱりリア充には恋愛ものを書くのは無理なんじゃないか』などと散々な言われようだった。
一度ならまだしも、よほど気に入らなかったのか。
それとも、少しでも癪に障る作品や作家には誰彼かまわず当たり散らしているのか。
二回目だから僕にも多少なりとも耐性はできていたけれど、それでも誹謗中傷ともいえる否定的な言葉の数々には辟易した。
一つ目の記事と合わせて、今も僕の中で尾を引いていないと言えば嘘になる。
「シュンちゃんよぉ」
昼休みになってすぐ、知春から声をかけられた。
「ちょっと、行くべ?」
知春は親指をくいっと背中のほうへ向ける。
売店か食堂だろうかと思ってついていくと、向かった先は屋上だった。
適当な場所に並んで腰かける。
「何があったんよ?」
当然ながら知春も様子の変化に気づいているのだろう。
もしかしたら里香から何か耳にしているのかもしれない。
僕が文学フリマの日のことを打ち明けると、知春は「うーん……」と腕組みをした。
「それはなぁ……。んで、ずっとシカトされちゃってんだ」
「そう……だね」
「俺もよぉ、シュンちゃんがなんとなく落ち込み気味ってのはわかってたし、マリアちゃんとギスってる感じってのはリカからちょっと聞いててさ。なんつーか……シュンちゃんも悪いのかもしんねーけどよ、シュンちゃんの気持ちもわかるだけに、なんとも言えねーな。ごめん、慰めにもならんくて」
「ううん、そうやって気にかけてくれるだけでも嬉しいよ」
話題を変えようと、例のアカウントの話をする。
聞いて楽しいものではないと思うけれど、この際いろいろと話を聞いてほしかった。
「なんだそりゃ、そんなヤツいんのかよっ」
知春はおもむろにスマートフォンを取り出す。
例のアカウントを調べているようだった。
「許せねえな、言いたい放題言いやがって……自分ではまともに小説書けもしねーくせによ。ぶん殴ってやりてぇな」
不意に、鼻の奥がつんとする。
もっと早く知春に打ち明けておけばよかったかもしれない。
「つーかコイツ、いろんな人にボロクソ言ってんじゃん。よっぽどだな」
「ブログで二回も非難記事を出すっていうのは、たしかにそうだね」
「まさかとは思うけど、他にもこんなヤツいねーよな」
知春はさらに調べ始める。
これ以上何も見つからないでほしいというのが正直な気持ちだ。
感想は読み手それぞれだけれど、わかっていても否定的なコメントにはどうしても身構えてしまう。
「うーん……どこにでもいんのかぁ、こういうヤツら」
知春は顔をしかめる。
知りたくなかった——けれど、この際だから確認しておく。
「このさ、のりたまとかいうやつ」
知春がスマートフォンの画面を向けてくる。
そこにはかつてのフォロワーさん——のりたまさんのTwitterアカウントが表示されていた。
『書籍化したからって調子に乗ってるのかね』
『最近の白金の小説は見てられない』
『カノジョができたからって浮かれてるのか』
『もう読まない 時間の無駄』
眉をひそめてしまう。
かつて僕を応援してくれていた《supernoritama2》はもうどこにもいなかった。
「この白金っての、明らかにシュンちゃんのことだよな。ご丁寧に書籍の画像まであげてくれちゃってよ」
「うん……元々フォローし合ってたんだけど、いつの間にかフォロー解除されちゃってさ」
「マジかよ、元フォロワー? それでよくこんなこと言えるよな、気が知れねーわ」
「…………ん?」
カノジョができたから浮かれている——なんでそんなことがわかる?
僕はこれまで白金式部アカウントで、カノジョができたことなんて一度も公開したことはない。
もちろん、Twitterだけじゃなくて他のSNSやサイトにも。
白金式部の中身が僕であることを以前から知っていて、しかも僕に彼女ができたことを知っているのは——三人しかいない。
知春がこんな真似をするわけがないし、ハルさんだってそうだ。
そうなると——。
あの人の顔を思い浮かべて、戦慄する。
いったいどんな気持ちで僕のことを応援して——どんな気持ちで非難していたのか。
思わず立ち上がってしまう。
「どうしたよ、シュンちゃん」
僕の真横で、知春も腰を上げた。
まだわからない。
でもきっと、ほぼ確実にあの人だろう。
——待てよ。
そう考えると、例の記事を書いたアカウントも、まさか。
スマートフォンで例の二つの非難記事を確かめる。
よくよく読んでみると、何度も改稿しただなんてどこにも公開したことのない事情を知っているし、負けヒロインやリア充といった言葉選び——どれもがあの人に通じるものがある。
この非難アカウントに関しては憶測の域を出ないけれど、可能性は高い。
「あ、うん……ごめん、なんでもないよ。ちょっとショックで」
知春に無用な心配をかけないよう、はぐらかしてしまう。
彼は小さくため息をついた。
「まあ、元フォロワーがこんなこと言っちゃってるからな……無理しないでくれよ。こんなん、勝手に言わせときゃいいんだし」
「うん、ありがと、トモ」
***
その夜、自室でふみふみのアーカイブ動画を観ていると、今井さんからメールが届いた。
なんとなく嫌な予感はしたけれど、すぐに開いてみる。
『お世話になっております、今井です。
先日の企画書を読ませていただきました。
大筋としては興味深いのですが、今一度練り直していただければと思っております。
添付のPDFファイルに私からのコメントを記載しておりますので、
お手数ですがご確認いただけますと幸いです。
引き続きよろしくお願い申し上げます。
』
再提出。
一発でボツになるよりは、まだ望みがありそうか。
メールに添付されたPDFファイルをダウンロードして、さっそく内容を確認する。
僕が送付した企画書に直接朱書きしてスキャンされたものだった。
テーマ設定からあらすじの部分まですべて、びっしりとコメントが書かれてある。
ここまでくると、最初から企画を立て直したほうが早いのでは、と思えるほどだった。
むしろ、今井さんとしてはそれを意図しているのかもしれない。
——ここが踏ん張りどころだ。
デビュー作だけで消えていった小説家は星の数ほどいる。
ここが、僕が流れ星となって消えてしまうかどうかの分岐点。
ただ、今は——今だけは少し休みたい。
椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じて深呼吸をした。
(つづく)
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