7.ダウト
放課後、駅近くの書店に入ると、見慣れたサイドテールの女子がいた。
所狭しと並ぶ本棚に収められた、文庫本の背表紙を眺めている。
「真莉愛ちゃん」
僕の呼び声に、彼女はこちらを向く。
大きくて澄んだ両目。
どことなく猫っぽい。
「旬くんじゃん」
やっほ、と彼女は微笑んだ。
いつからか彼女は僕のことを名前で呼ぶようになり、そして僕も彼女を名前で呼ぶようになっていた。
女子を名前呼びなんて幼少の頃以来なので最初はだいぶ気恥ずかしかったけれど、少し慣れてきた気がする。
もちろん、彼女と里香以外には名前で呼ぶような女子はいない。
それどころか、話をする機会すらもほとんどない有り様だ。
「あった」
小さくそう言うと、真莉愛は本棚から一冊の文庫本を取り出した。
比較的新しめの純文学作品。
それは僕も読んだことがあるものだった。
「旬くんも何か探してるの?」
「あ、いや、なんとなく立ち寄っただけ」
「そっか。いるだけでも落ち着くよね、本屋とか図書館とか」
「だね」
「このあとヒマ?」
「えっ?」
「少し話そうよ」
ちょっと待ってて、と言い残して真莉愛はレジに向かった。
すぐに支払いを済ませて戻ってくる。
「行こ」
僕の返事を待たずに、彼女は出口へと足を進める。
誘われるがままに後を追った。
歩くこと十分ほど、途中のコンビニで真莉愛はスムージーを、僕はアイスコーヒーを買って、広い公園へと向かった。
一昔前に工場が建っていた場所を整備してあって、敷地内には野球ができるほどの大きなグラウンドや、公立図書館、噴水がある。
僕たちはグラウンドの隅に置かれたベンチに並んで腰かけた。
彼女の栗色のサイドテールが陽射しを受けて光っているように見える。
「そういえばさ」
真莉愛が話を切り出す。
「旬くんのクラス、進路調査票って配られた?」
「ああ、うん、今日配られたよ」
「そっか。進路って、もう決めてる?」
「うーん……まだかな。真莉愛ちゃんは?」
「わたしもだね。どうしよっかな」
難しいよね、と真莉愛は困ったような顔で笑う。
「真莉愛ちゃんは、大学進学はするの?」
「そうだね……たぶん」
「それじゃ、どこの大学、どの学部にするかを迷ってる感じ?」
「そうだけど……正直、よくわかんないよね。大学とかってさ。将来のためには行けるなら行っておいたほうがいいんだろうけど、どこの大学がいいかとかって、なんなんだろ。入試の偏差値が高ければいいってものでもないだろうし」
「それは……うん、わかる気がする」
僕自身、そもそも大学に行くべきなのかどうか、わかりかねている。
銀賞を獲ったことで、「執筆活動に専念しながら当面はアルバイトで食いつないでいくほうがいいのか」だなんて半ば妄想気味に考えていたのが、いよいよ現実味を帯びてきた。
それでもやっぱり、将来のことを考えると進学できるのであればしたほうがいいのだろうけれど、せっかくつかんだチャンスにエネルギーをもっと注いでいきたい。
大学に入ってから学びたいこと、研究したいことがはっきりしているのであればまだしも、僕の場合は今のところそういうものがない。
多少あるとすれば、文学部で文学について深く学んでみたい、くらいのものか。
敦子先輩のように元々のスペックが高ければ、大学生活も執筆活動もしっかりと両立するのかもしれないが、残念ながら僕はそこまで器用ではない気がする。
最終選考の結果発表が行われてから、光陽文庫編集部の編集者・今井さんからメールで連絡がきていた。
今後の進め方と観光に向けた改稿についての打合せをしたいということで、来週にオンライン会議をすることになっている。
僕自身の本当の気持ちとしては、とにかく今は受賞作を世に出すことだけに集中したい。
かたや、こうして進路調査票を出さないといけない状況でもあるので、これが最終決定ではないにしても方向性は決める必要がある。
両肩に荷物を抱えているような気分だ。
「難しいよね、進路って」
僕が言うと、真莉愛から真っすぐに見つめられた。
まるで僕の奥底をのぞき込むような目。
「旬くんさ」
すっ、と彼女は顔を近づけてくる。
「何か隠してる?」
「かっ——」
急に心拍数が上がる。
まさか——バレてる?
「隠してなんかないよ!? なんにも!」
彼女は真顔のまま、こちらを見据えてくる。
僕が白金式部だってことがバレた……のか?
そして真莉愛は顔をほころばせ、
「なぁに焦ってんの? 冗談だよ」
と言って僕の肩をぽんと叩いた。
「隠すも何も、旬くんってそういうの下手そうだしね」
「どうだろ、わかんないよ、それは」
「それじゃ質問です。旬くんはエッチな本を持っていますか?」
「も、ってないでふ」
「ダウト。その本は机の引き出しにしまってありますか?」
「いいえ」
「それは本当っぽいね。ベッドの下に隠してありますか?」
「いいえ」
「それも本当、か。最後の質問。エッチな本は日本史の資料集のカバーで隠して本棚にしまってありますね?」
「……いいえ」
「はい、ダウト」
ちょん、と彼女の指先で鼻を突かれる。
「今度見せてよ」
彼女は笑って、スムージーを飲む。
なぜか満足げなその横顔から、僕はしばらく目が離せなかった。
所狭しと並ぶ本棚に収められた、文庫本の背表紙を眺めている。
「真莉愛ちゃん」
僕の呼び声に、彼女はこちらを向く。
大きくて澄んだ両目。
どことなく猫っぽい。
「旬くんじゃん」
やっほ、と彼女は微笑んだ。
いつからか彼女は僕のことを名前で呼ぶようになり、そして僕も彼女を名前で呼ぶようになっていた。
女子を名前呼びなんて幼少の頃以来なので最初はだいぶ気恥ずかしかったけれど、少し慣れてきた気がする。
もちろん、彼女と里香以外には名前で呼ぶような女子はいない。
それどころか、話をする機会すらもほとんどない有り様だ。
「あった」
小さくそう言うと、真莉愛は本棚から一冊の文庫本を取り出した。
比較的新しめの純文学作品。
それは僕も読んだことがあるものだった。
「旬くんも何か探してるの?」
「あ、いや、なんとなく立ち寄っただけ」
「そっか。いるだけでも落ち着くよね、本屋とか図書館とか」
「だね」
「このあとヒマ?」
「えっ?」
「少し話そうよ」
ちょっと待ってて、と言い残して真莉愛はレジに向かった。
すぐに支払いを済ませて戻ってくる。
「行こ」
僕の返事を待たずに、彼女は出口へと足を進める。
誘われるがままに後を追った。
歩くこと十分ほど、途中のコンビニで真莉愛はスムージーを、僕はアイスコーヒーを買って、広い公園へと向かった。
一昔前に工場が建っていた場所を整備してあって、敷地内には野球ができるほどの大きなグラウンドや、公立図書館、噴水がある。
僕たちはグラウンドの隅に置かれたベンチに並んで腰かけた。
彼女の栗色のサイドテールが陽射しを受けて光っているように見える。
「そういえばさ」
真莉愛が話を切り出す。
「旬くんのクラス、進路調査票って配られた?」
「ああ、うん、今日配られたよ」
「そっか。進路って、もう決めてる?」
「うーん……まだかな。真莉愛ちゃんは?」
「わたしもだね。どうしよっかな」
難しいよね、と真莉愛は困ったような顔で笑う。
「真莉愛ちゃんは、大学進学はするの?」
「そうだね……たぶん」
「それじゃ、どこの大学、どの学部にするかを迷ってる感じ?」
「そうだけど……正直、よくわかんないよね。大学とかってさ。将来のためには行けるなら行っておいたほうがいいんだろうけど、どこの大学がいいかとかって、なんなんだろ。入試の偏差値が高ければいいってものでもないだろうし」
「それは……うん、わかる気がする」
僕自身、そもそも大学に行くべきなのかどうか、わかりかねている。
銀賞を獲ったことで、「執筆活動に専念しながら当面はアルバイトで食いつないでいくほうがいいのか」だなんて半ば妄想気味に考えていたのが、いよいよ現実味を帯びてきた。
それでもやっぱり、将来のことを考えると進学できるのであればしたほうがいいのだろうけれど、せっかくつかんだチャンスにエネルギーをもっと注いでいきたい。
大学に入ってから学びたいこと、研究したいことがはっきりしているのであればまだしも、僕の場合は今のところそういうものがない。
多少あるとすれば、文学部で文学について深く学んでみたい、くらいのものか。
敦子先輩のように元々のスペックが高ければ、大学生活も執筆活動もしっかりと両立するのかもしれないが、残念ながら僕はそこまで器用ではない気がする。
最終選考の結果発表が行われてから、光陽文庫編集部の編集者・今井さんからメールで連絡がきていた。
今後の進め方と観光に向けた改稿についての打合せをしたいということで、来週にオンライン会議をすることになっている。
僕自身の本当の気持ちとしては、とにかく今は受賞作を世に出すことだけに集中したい。
かたや、こうして進路調査票を出さないといけない状況でもあるので、これが最終決定ではないにしても方向性は決める必要がある。
両肩に荷物を抱えているような気分だ。
「難しいよね、進路って」
僕が言うと、真莉愛から真っすぐに見つめられた。
まるで僕の奥底をのぞき込むような目。
「旬くんさ」
すっ、と彼女は顔を近づけてくる。
「何か隠してる?」
「かっ——」
急に心拍数が上がる。
まさか——バレてる?
「隠してなんかないよ!? なんにも!」
彼女は真顔のまま、こちらを見据えてくる。
僕が白金式部だってことがバレた……のか?
そして真莉愛は顔をほころばせ、
「なぁに焦ってんの? 冗談だよ」
と言って僕の肩をぽんと叩いた。
「隠すも何も、旬くんってそういうの下手そうだしね」
「どうだろ、わかんないよ、それは」
「それじゃ質問です。旬くんはエッチな本を持っていますか?」
「も、ってないでふ」
「ダウト。その本は机の引き出しにしまってありますか?」
「いいえ」
「それは本当っぽいね。ベッドの下に隠してありますか?」
「いいえ」
「それも本当、か。最後の質問。エッチな本は日本史の資料集のカバーで隠して本棚にしまってありますね?」
「……いいえ」
「はい、ダウト」
ちょん、と彼女の指先で鼻を突かれる。
「今度見せてよ」
彼女は笑って、スムージーを飲む。
なぜか満足げなその横顔から、僕はしばらく目が離せなかった。
(つづく)
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