1.めぐりあい
僕こと御手洗旬が同級生の女子から好かれることなんて、高校二年生の春を迎えるまで生きてきた十七年の中で、一度もなかったということは認めざるを得ないだろう。
それはひとえにこの内向的な性分が根っこにあり、いくぶんシャイな気質が幹となり、まぎれもなく口下手で人見知りな性格が葉となって、陰キャの花が咲いているからに他ならない。
ましてや、現実世界で女子から《推される》ことなど、自分が普段書いているようなファンタジー小説の中でしか起こり得ないことだ。
であればこそ、僕はウェブ小説家として生きることができているのだという、自己完結的な慰めにも似た自負を抱いている。
今こうして高校の教室にいても、たいていは俯瞰的にクラスメイトたちの様子を眺め、窓の外の青空に目を移し、最終的には机の上のノートに視線が固定される。
「シュンちゃん! 売店いこーぜ」
たまに誰かと話すとすれば、よく言えば僕という存在をありのまま受け入れてくれる唯一の存在、知春くらいのものだろう。
知春は長身にしてイケメン、整った顔立ち、前髪はピンで留めておでこを出し、頭の後ろでやや長めの黒髪を結んでいる。
それがコミカルなちょんまげのように見えないのは、彼の生まれ持っての見目麗しさなのか、本人が努力した結果なのかはわからない。
「うん」
僕が短く答えると、にっ、と知春はいつものように口角を持ち上げた。
僕は彼の笑顔をすっかり見慣れてしまっているけれど、初見の女子の中にはうっかり恋に落ちてしまう子もいるらしい。そう、知春は幼稚園児の頃から女子によくモテる。
席を立ち、知春と並んで廊下に出る。
僕のほうが二十センチメートル以上背が低いので、後ろから見ると年の離れた兄弟のように見えるとよく言われる。
あまつさえ、カップルであるかのように勘違いをされることもある。
それもこれも僕が低身長かつ華奢であるだけでなく、生来の童顔も相まって、言葉を選ぶと中性的な顔立ちをしているから知春との対比が際立つのだろう。
売店に着くと、いつもの休憩時間にしては珍しく、ひと気はまばらだった。
レジで会計をしていた女子がこちらに振り返り、
「おっ、シュントモじゃん」
と顔全体で《楽》という漢字を表現しているかのような様子で話しかけてきた。
「おう、リカ」
知春は片手を上げる。
同じクラスの同級生、しかも一年生のときも同じだったので、僕も早海里香のことは当然知っているけれど、なんとなく返事をしそびれてしまった。
「あんたら、いっつも一緒にいんね。そういうゴカンケイ?」
「んあ? なんだよゴカンケイって」
ははっ、と知春は笑う。
里香が大のBL好きだということは一年生の頃から知っているので、僕と知春をセットでシュントモ呼ばわりするのもその影響だというのは丸わかりだ。あえて言及はしないけれど。
しかし、シュントモという言葉の並びから察するに、それは《旬×知春》という意味合いであることは想像に難くなく、そうなると僕は攻めなのかと言われると得体のしれない違和感を抱かざるを得ない。
彼女の脳内ではそういうふうに出来上がっているのかもしれないが、にわかには肯定しづらいというのが本音だ。
「おーい御手洗くん、ダイジョブそ?」
里香は僕の顔の前で手をひらひらとさせる。
一つまばたきをして、僕は「うん、大丈夫」とだけ言葉を返した。
「リカ、放課後ヒマ? カラオケ行かね?」
知春の問いに、里香は「あー」と口を開く。
「ごめん、今日は行くとこあるんだよねぇ」
「あ、そうなん? バイトじゃなくて?」
「ううん、隣のクラスの女子と、チョットね」
「なんだよ、思わせぶりじゃん。誰ちゃんよ?」
「んー、ナイショー。まぁアレよ、同じ趣味の同志ってヤツ?」
「なんだそりゃ」
あははッ! と知春は笑い飛ばした。
里香の趣味と言えばBLとコスプレくらいしか思い浮かばない。
彼女は隣のクラスに限らず交友関係が広いので、僕が想像を巡らせたところできっとわからないだろうから、ここは知春に倣って深くは考えないことにする。
んじゃねー、と里香は手を振って売店をあとにした。
僕はジャスミン茶を、知春はエナジードリンクを買って、教室へと戻る。
「そういやシュンちゃん、コンテスト? って結果出たん?」
知春はエナジードリンクをひと口あおる。
この間投稿した小説の新人賞のことか、と思い至り、「ううん、まだだよ」と僕は返した。
「そっか。まあ、イケるっしょ」
「どうだろ……新人賞に投稿するのとか初めてだし、一次選考を通過できればそれだけでも十分かな」
「いやいやいや、天下の《プラチナ先生》が何言ってんスか!」
ばん、と知春から背中を平手打ちされる。
「ちょっと、声大きいって」
「ああ、わりぃわりぃ、つい」
僕が小説を書いていることを知っているのは、知春を含めて二人しかいない。あえて言い回るようなことでもないし、言ったところでどうということはないだろうから。
白金式部というペンネームで小説を書き始めて、そろそろ一年になる。幼い頃からずっと本ばかり読んできたけれど、読むだけじゃなくて書いてみても面白いかな、と思い立ったのが高校入学の直後のことだった。
中学生の頃からアイデアのようなものはいろいろとあったし、国語は全教科の中でも唯一得意なので、文章を書くこと自体に苦手意識もなかった。
はじめは好きな小説家の作品を真似して、ああでもないこうでもないと文章を紡いでいったのだけれど、今にして思えば物語とはとても呼べないようなひどい出来栄えの作品だった。それでも書き上げたときは、達成感と高揚感でいっぱいだった。
——小説を書くのって、面白い。
そこからハマって、短編を何作も書いていった。いくらか書き溜めてくると、今度は誰かに読んでもらいたいな、と思うのが人情というものだ。
すぐに小説投稿サイトにアカウント登録して、作品を公開していった。すると、ぽつりぽつりと読んでくれる人が出てきて、SNSでも広めてくれて、ますます楽しくなってきた。
「でもよぉ、イケる気しかしねぇわ。ガチで」
「……そうだといいけど」
一年生の夏期講習のとき、休み時間にいつものようにノートにアイデアやプロットを書きつけていると「なんだそりゃ?」と不意に知春から声をかけられたことがある。
彼には隠す必要もないか、と思って小説のネタだということを話すと、知春はゆっくりと首を傾げていた。
あのときの、でたらめに置いた福笑いのような知春の顔は今でもはっきり覚えている。
「それでシュンちゃんはさぁ、もしホントに受賞したらどうすんの?」
「どうって……どうするんだろ?」
「ははっ、なんで俺に訊くんだよ」
「いや、普通に賞金もらって、普通に書籍化して——」
自分で口にしておきながら、はっとした。
小説を書いている人であれば一度は頭によぎるであろう、商業出版。
自分で書いた小説が一冊の書籍として世に出されるのだ。
それがまったくもって普通のことではないというのは、十分すぎるくらいに理解している。
「すげえよな、本が出るとか。俺、ソッコーで四冊くらい買うわ」
「トモ、気が早いって。……でも、ありがと」
知春という男は、チャラそうな見た目に反して口が堅い。
この一年近く、僕が小説を書いていることを誰にも話していないようだった。
彼は、誰に何を聞かれてもテキトーな感じではぐらかすのが上手いのだ。
知春と僕は陽キャと陰キャで凸凹な感じの間柄だけれど、こういうところが信頼できるからこそ幼稚園児のときからずっと一緒にいられるのだろう。
売店から校舎への渡り廊下を越えて、階段を上る。
教室に入ろうとしたところで知春が「おっ」と声を上げた。
彼の視線の先には里香ともう一人、別の女子がいた。
「へいへーい、なぁにやってんだよ」
知春がにやにやしながら里香に話しかけ、隣に立っている女子へ目を向けた。
「さっき言ってた、同志?」
「やめなー、いきなり。意味わかんないでしょ。ねえ?」
里香が隣の女子に言葉を向ける。
「同志って、なに?」
そう訊いて、その女子は艶やかな唇の両端をふわりと持ち上げて、軽やかに笑った。
ややクセのある栗色のロングヘアをサイドテールにしていて、意志の強そうな両目は明るく澄んでいる。
彼女がゆっくりとまばたきをすると、長いまつ毛が揺れ動いた。
「まあまあまあ」
里香が右手を仰々しく振る。
「いいっていいって、コイツの言うこととか気にしないで」
「おいおい、そんな言い方ねーだろ。なあ? えっと……」
知春がそれとなく言葉を振ると、その女子は、
「三丘。三丘真莉愛」
と柔らかく答えた。
「あーね、マリアちゃんもリカと同じ趣味なん?」
「やめなー! 初対面で話すことじゃなくない?」
里香が声のトーンを上げると、わるいわるい、と知春は笑った。
思いがけず、僕は真莉愛と目が合う。
彼女は微笑んだまま僕の目を真っすぐに捉え、そして少しだけ目を細めた。
「キミ、御手洗くんでしょ」
「えっ?」
突然の彼女の言葉に、僕はとっさに声が漏れ出た。
「おろ、シュンちゃん、知ってたん?」
知春が訊いてくるが、僕は首を横に振る。
「穂坂くんとよく一緒にいるんでしょ? りっちゃんからいつも聞いてる」
「えっ?」
「あ?」
僕と知春の声が重なる。
「ちょーっとちょっとぉ! まーちゃん、別にそんなことないでしょぉ!」
「りっちゃん、穂坂くんと御手洗くんのことよく話してるじゃん。だって、さっきの新刊の話も——」
「ぴぴーッ! ストーップ!」
里香が素早く真莉愛の口を両手でふさいだ。
どうやらろくでもないことを話しているらしき波動を感じる。
下手に深掘りしないほうがよさそうな気配がした。
「またあとでね!」
そう告げて、里香は僕と知春の手をつかんで、教室に引っ張っていく。
真莉愛のほうを見ると、彼女は微笑んで右手を少しだけ上げていた。
それはひとえにこの内向的な性分が根っこにあり、いくぶんシャイな気質が幹となり、まぎれもなく口下手で人見知りな性格が葉となって、陰キャの花が咲いているからに他ならない。
ましてや、現実世界で女子から《推される》ことなど、自分が普段書いているようなファンタジー小説の中でしか起こり得ないことだ。
であればこそ、僕はウェブ小説家として生きることができているのだという、自己完結的な慰めにも似た自負を抱いている。
今こうして高校の教室にいても、たいていは俯瞰的にクラスメイトたちの様子を眺め、窓の外の青空に目を移し、最終的には机の上のノートに視線が固定される。
「シュンちゃん! 売店いこーぜ」
たまに誰かと話すとすれば、よく言えば僕という存在をありのまま受け入れてくれる唯一の存在、知春くらいのものだろう。
知春は長身にしてイケメン、整った顔立ち、前髪はピンで留めておでこを出し、頭の後ろでやや長めの黒髪を結んでいる。
それがコミカルなちょんまげのように見えないのは、彼の生まれ持っての見目麗しさなのか、本人が努力した結果なのかはわからない。
「うん」
僕が短く答えると、にっ、と知春はいつものように口角を持ち上げた。
僕は彼の笑顔をすっかり見慣れてしまっているけれど、初見の女子の中にはうっかり恋に落ちてしまう子もいるらしい。そう、知春は幼稚園児の頃から女子によくモテる。
席を立ち、知春と並んで廊下に出る。
僕のほうが二十センチメートル以上背が低いので、後ろから見ると年の離れた兄弟のように見えるとよく言われる。
あまつさえ、カップルであるかのように勘違いをされることもある。
それもこれも僕が低身長かつ華奢であるだけでなく、生来の童顔も相まって、言葉を選ぶと中性的な顔立ちをしているから知春との対比が際立つのだろう。
売店に着くと、いつもの休憩時間にしては珍しく、ひと気はまばらだった。
レジで会計をしていた女子がこちらに振り返り、
「おっ、シュントモじゃん」
と顔全体で《楽》という漢字を表現しているかのような様子で話しかけてきた。
「おう、リカ」
知春は片手を上げる。
同じクラスの同級生、しかも一年生のときも同じだったので、僕も早海里香のことは当然知っているけれど、なんとなく返事をしそびれてしまった。
「あんたら、いっつも一緒にいんね。そういうゴカンケイ?」
「んあ? なんだよゴカンケイって」
ははっ、と知春は笑う。
里香が大のBL好きだということは一年生の頃から知っているので、僕と知春をセットでシュントモ呼ばわりするのもその影響だというのは丸わかりだ。あえて言及はしないけれど。
しかし、シュントモという言葉の並びから察するに、それは《旬×知春》という意味合いであることは想像に難くなく、そうなると僕は攻めなのかと言われると得体のしれない違和感を抱かざるを得ない。
彼女の脳内ではそういうふうに出来上がっているのかもしれないが、にわかには肯定しづらいというのが本音だ。
「おーい御手洗くん、ダイジョブそ?」
里香は僕の顔の前で手をひらひらとさせる。
一つまばたきをして、僕は「うん、大丈夫」とだけ言葉を返した。
「リカ、放課後ヒマ? カラオケ行かね?」
知春の問いに、里香は「あー」と口を開く。
「ごめん、今日は行くとこあるんだよねぇ」
「あ、そうなん? バイトじゃなくて?」
「ううん、隣のクラスの女子と、チョットね」
「なんだよ、思わせぶりじゃん。誰ちゃんよ?」
「んー、ナイショー。まぁアレよ、同じ趣味の同志ってヤツ?」
「なんだそりゃ」
あははッ! と知春は笑い飛ばした。
里香の趣味と言えばBLとコスプレくらいしか思い浮かばない。
彼女は隣のクラスに限らず交友関係が広いので、僕が想像を巡らせたところできっとわからないだろうから、ここは知春に倣って深くは考えないことにする。
んじゃねー、と里香は手を振って売店をあとにした。
僕はジャスミン茶を、知春はエナジードリンクを買って、教室へと戻る。
「そういやシュンちゃん、コンテスト? って結果出たん?」
知春はエナジードリンクをひと口あおる。
この間投稿した小説の新人賞のことか、と思い至り、「ううん、まだだよ」と僕は返した。
「そっか。まあ、イケるっしょ」
「どうだろ……新人賞に投稿するのとか初めてだし、一次選考を通過できればそれだけでも十分かな」
「いやいやいや、天下の《プラチナ先生》が何言ってんスか!」
ばん、と知春から背中を平手打ちされる。
「ちょっと、声大きいって」
「ああ、わりぃわりぃ、つい」
僕が小説を書いていることを知っているのは、知春を含めて二人しかいない。あえて言い回るようなことでもないし、言ったところでどうということはないだろうから。
白金式部というペンネームで小説を書き始めて、そろそろ一年になる。幼い頃からずっと本ばかり読んできたけれど、読むだけじゃなくて書いてみても面白いかな、と思い立ったのが高校入学の直後のことだった。
中学生の頃からアイデアのようなものはいろいろとあったし、国語は全教科の中でも唯一得意なので、文章を書くこと自体に苦手意識もなかった。
はじめは好きな小説家の作品を真似して、ああでもないこうでもないと文章を紡いでいったのだけれど、今にして思えば物語とはとても呼べないようなひどい出来栄えの作品だった。それでも書き上げたときは、達成感と高揚感でいっぱいだった。
——小説を書くのって、面白い。
そこからハマって、短編を何作も書いていった。いくらか書き溜めてくると、今度は誰かに読んでもらいたいな、と思うのが人情というものだ。
すぐに小説投稿サイトにアカウント登録して、作品を公開していった。すると、ぽつりぽつりと読んでくれる人が出てきて、SNSでも広めてくれて、ますます楽しくなってきた。
「でもよぉ、イケる気しかしねぇわ。ガチで」
「……そうだといいけど」
一年生の夏期講習のとき、休み時間にいつものようにノートにアイデアやプロットを書きつけていると「なんだそりゃ?」と不意に知春から声をかけられたことがある。
彼には隠す必要もないか、と思って小説のネタだということを話すと、知春はゆっくりと首を傾げていた。
あのときの、でたらめに置いた福笑いのような知春の顔は今でもはっきり覚えている。
「それでシュンちゃんはさぁ、もしホントに受賞したらどうすんの?」
「どうって……どうするんだろ?」
「ははっ、なんで俺に訊くんだよ」
「いや、普通に賞金もらって、普通に書籍化して——」
自分で口にしておきながら、はっとした。
小説を書いている人であれば一度は頭によぎるであろう、商業出版。
自分で書いた小説が一冊の書籍として世に出されるのだ。
それがまったくもって普通のことではないというのは、十分すぎるくらいに理解している。
「すげえよな、本が出るとか。俺、ソッコーで四冊くらい買うわ」
「トモ、気が早いって。……でも、ありがと」
知春という男は、チャラそうな見た目に反して口が堅い。
この一年近く、僕が小説を書いていることを誰にも話していないようだった。
彼は、誰に何を聞かれてもテキトーな感じではぐらかすのが上手いのだ。
知春と僕は陽キャと陰キャで凸凹な感じの間柄だけれど、こういうところが信頼できるからこそ幼稚園児のときからずっと一緒にいられるのだろう。
売店から校舎への渡り廊下を越えて、階段を上る。
教室に入ろうとしたところで知春が「おっ」と声を上げた。
彼の視線の先には里香ともう一人、別の女子がいた。
「へいへーい、なぁにやってんだよ」
知春がにやにやしながら里香に話しかけ、隣に立っている女子へ目を向けた。
「さっき言ってた、同志?」
「やめなー、いきなり。意味わかんないでしょ。ねえ?」
里香が隣の女子に言葉を向ける。
「同志って、なに?」
そう訊いて、その女子は艶やかな唇の両端をふわりと持ち上げて、軽やかに笑った。
ややクセのある栗色のロングヘアをサイドテールにしていて、意志の強そうな両目は明るく澄んでいる。
彼女がゆっくりとまばたきをすると、長いまつ毛が揺れ動いた。
「まあまあまあ」
里香が右手を仰々しく振る。
「いいっていいって、コイツの言うこととか気にしないで」
「おいおい、そんな言い方ねーだろ。なあ? えっと……」
知春がそれとなく言葉を振ると、その女子は、
「三丘。三丘真莉愛」
と柔らかく答えた。
「あーね、マリアちゃんもリカと同じ趣味なん?」
「やめなー! 初対面で話すことじゃなくない?」
里香が声のトーンを上げると、わるいわるい、と知春は笑った。
思いがけず、僕は真莉愛と目が合う。
彼女は微笑んだまま僕の目を真っすぐに捉え、そして少しだけ目を細めた。
「キミ、御手洗くんでしょ」
「えっ?」
突然の彼女の言葉に、僕はとっさに声が漏れ出た。
「おろ、シュンちゃん、知ってたん?」
知春が訊いてくるが、僕は首を横に振る。
「穂坂くんとよく一緒にいるんでしょ? りっちゃんからいつも聞いてる」
「えっ?」
「あ?」
僕と知春の声が重なる。
「ちょーっとちょっとぉ! まーちゃん、別にそんなことないでしょぉ!」
「りっちゃん、穂坂くんと御手洗くんのことよく話してるじゃん。だって、さっきの新刊の話も——」
「ぴぴーッ! ストーップ!」
里香が素早く真莉愛の口を両手でふさいだ。
どうやらろくでもないことを話しているらしき波動を感じる。
下手に深掘りしないほうがよさそうな気配がした。
「またあとでね!」
そう告げて、里香は僕と知春の手をつかんで、教室に引っ張っていく。
真莉愛のほうを見ると、彼女は微笑んで右手を少しだけ上げていた。
(つづく)
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