← 前の話 目次 次の話 →

2.ゆく先

『このたびは、第十三回光陽文庫小説新人賞にご応募いただき、誠にありがとうございます。一次選考を通過された作品は以下の一覧のとおりです。なお、二次選考および最終選考の結果につきましては、改めて公式サイトにて公開いたしますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。 光陽文庫文芸編集部』

 ——あった。
 通過リストに、僕の作品とペンネームが。
 背中が、腕が、ぞわっとする。

 公式サイト上の一次選考通過の作品リストには二十作品ほど掲載されていて、その真ん中あたりに白金式部しろかねしきぶとたしかに書かれていた。
 もしかしたら何かの間違いでは、とページを再読み込みする。でも結果は変わらなかった。

「おつかれさまー」
 声とともに文芸部の部室のドアが開かれ、敦子あつこ先輩が顔をのぞかせる。
 部室のパソコンと向き合っていた僕の姿を目にして、
「どうしたの?」
 と少しだけ首を傾げた。
 そして敦子先輩は、僕のすぐ後ろまで来て「どれどれ」と僕の肩ごしにパソコンの画面をのぞき込んだ。

「おーっ!」
 ぽん、と僕の両肩に敦子先輩の両手が置かれる。
「すごいね! 旬くん、おめでとう!」
「はい……ありがとうございます」
「なぁに? もっと喜んでもいいんじゃない?」
「いや、なんていうか、実感なくて」

 ふふっ、と敦子先輩は笑う。
「そっか。そういうものなのかな」
「正直、自信はあったんですけどね。なんだか不思議な感じです」
「自信あり、か……はっきり言うんだね。まあ、旬くんらしいか」
 おめでとう、と敦子先輩は繰り返した。

 一次選考の時点で、倍率は四十倍以上あるはず。
 通過するのはクラスに一人くらいの割合だと考えると、意外とたいしたことではないのかなと思いつつ、まともに評価してもらえただけでも実はかなりすごいことなのでは、という気にもなる。
 箸にも棒にもかからないような作品ではないよ、とある程度は認めてもらえたような気がして、ひと安心というのが本音かもしれない。

「このまま二次選考も通過するといいね。結果、いつだっけ?」
「たしか、二週間後ですね」
「ここから半分くらいになるの?」
「どのくらいでしょうね、もっと絞られるかもです」
「なるほど……私は公募に出したことないから、ちょっと想像がつかないな」

 僕たち文芸部は——といっても部長の敦子先輩と副部長の僕だけだが、それぞれのペースで部室に集まって小説や詩を書いたり、本を読んだり、ゆるい活動を続けている。
 敦子先輩は三年生になっていよいよ大学受験が本格化するから、これまでよりも部室に来る頻度は減るかもしれない。

「それにしても、さすがプラチナ先生ね」
「いや、まだ受賞したわけじゃないんで……」
「でも、自信あるんでしょう?」
「それはまあ、はい」
 うふふっ、と敦子先輩は顔をほころばせる。
「その自信と才能を分けてほしいくらいよ」
「先輩だって、新作けっこう読んでもらえてるじゃないですか」
「うん……そうね。でも、フォロワーさんだけだし」
「敦子先輩の場合は、しっかり読んでくれる人が多い印象あるんで、いいなぁと思いますよ」
「……そうだね」
 気のせいかもしれないけれど、彼女の笑顔の奥に少しばかりの含みを感じた。

「それじゃね」
「あっ、もう帰るんですか?」
「うん、今日はこれを取りに来ただけだから」
 敦子先輩は、部室の隅に置かれた本棚から二冊の文庫本を取り出す。ドストエフスキーの『罪と罰』の上下巻だった。
 じゃあね、と敦子先輩は手を上げて、部室をあとにした。
 僕は再びパソコンの画面に向き合って、一次選考通過の作品リストを眺める。
 いつまでそうしていたのか、僕は自分の作品名とペンネームをしばらく見つめた。

       ***

「御手洗くんじゃん」
 昇降口で靴を履き替えていると、声をかけられた。
 振り向くと、真莉愛が鞄を右肩に掛けて立っているのが見えた。
 窓から差し込む夕陽で、彼女の栗色のサイドテールがほんのり金色に透けている。

「帰るとこ?」
 うん、と答えた僕の目を、彼女はじっと見つめてくる。
「御手洗くんってさ、ふわふわだよね」
「フワフワ?」
「うん、なんかふわふわ浮いてる感じ」
「浮いてる……? そうかな?」
「ちょっと猫っぽい」
 てかさ、と真莉愛は続ける。
「何か不安なことでもあったりする?」
 至ってニュートラルな顔つきで、彼女は僕の目の奥をのぞき込むようにする。
「いや、何も……ないよ」
「そっか」

 真莉愛は微笑んで、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
「そういえばさ、LINEライン教えてよ」
「あっ、うん」
 反射的に僕もスマートフォンを手に取る。
 僕がQRコードを出すと、彼女はすぐに読み取って、黒猫が『れっつご~』と笑っているスタンプだけを送ってきた。

「またね」
 そう言って彼女は、右手をひらひらとさせて昇降口を出ていってしまう。
 返事をする間もなかった。

       ***

 ぐいっ、と僕は椅子の背もたれに寄りかかった。
 目を閉じて、主人公とヒロインの会話シーンを頭の中に展開する。
 僕は映像で思考するタイプなので、はっきりとイメージがつけば本文にすぐ落とし込める。
 逆に、どれだけ考えてもイメージがぼやけたままのときは、それはまだ書くべきタイミングではないので、しばらく時間を置くことが多い。

 午後九時、五分まえ。
 自室のタブレット端末でYouTubeを開き、登録チャンネル欄の《くろのふみ》をクリックして、配信予定の動画枠を開く。
 ノートパソコンで執筆作業中に、彼女のライブ配信やアーカイブ動画を流すことが多い。

 新しく連載を始めたばかりの小説は、新人賞に投稿したものと同じく、現代ファンタジーをベースとした恋愛ものだ。
 主人公とヒロインの姿も関係性もイメージできているし、ストーリィも僕の中ではおぼろげに組み立てられている。

 僕なりの経験則では、恋愛ものは一定の読者層の人気が根強いから読んでもらえやすい。
 どんなジャンルであれ読んでもらえるというのはやっぱりウキウキするし、執筆のモチベーションがグンと高まる。
 僕の場合は細く長く書き続けるというよりも、ずっと構想を続けて自分の中でストーリィを組めたら一気に書き上げるという執筆スタイルだ。
 構想を立てているときは書けない時間が続くので、そんなときにモチベーションが高まっている状態だとなんとか乗りきれる。

 配信画面が切り替わる。
 オープニングムービーから一転、いつもの黒猫お姉さん2Dキャラが姿を現した。

「おまたせしました~」

 やや低めで艶のあるハスキーボイス。
 彼女のファンである《ふー民》たちは親しみを込めて彼女のことを《ふみふみ》と呼んでいる。僕もその中の一人だ。
 チャンネル登録者数はもうすぐ一万人になるところで、文芸系の個人VTuberとしてはかなり人気があるほうなのではないだろうか。
 一年ほどまえ、彼女がチャンネルを開設したのとほぼ同時に僕が登録したときは、登録者は僕を含めて七人だった。
 そう考えると、一年で一万人近くも登録者が増えたのは相当のものだし、そんな中で自分は最古参だと思うと少し誇らしい気持ちになる。

『こんばんは~』
『今日もかわいい』
『小説紹介たのしみ!』


 YouTubeのチャット欄に、ふー民たちが思い思いのコメントを流す。
 タブレット端末を操作し、僕も『こんばんは~』とコメントしておいた。
 そして、ノートパソコンで執筆アプリを起動させて、連載の続きを書き始める。

 ——旬くん、おめでとう。

 不意に、部室での敦子先輩の言葉が思い浮かんだ。
 帰宅してから改めて公式サイトを確認したけれど、何度見ても結果は同じだった。
 無意識に、自分は結果を相当気にしていたのかもしれない。
 小説の新人賞に初めて投稿するのだから、まったく気にならないといえば噓になるけれど、何度も結果を確認するほどとは思っていなかった。

 このまま二次選考も通過して、受賞なんてことになったらどうなるんだろう。
 知春も話していたが、僕自身もなんとなくイケる気がする。はっきりとした根拠はないけれど。
 少なくとも、投稿した作品はそのくらいの仕上がりだと自負している。
 これでダメだったら、それはもう根本的に小説の書き方を改善したほうがよいのだろう、とも。

 受賞できれば、今回の新人賞では賞金三十万円と書籍化の権利が手に入る。
 どちらかといえば、賞金よりも書籍化のほうが僕としては重要だ。
 もし自分の作品が書店やオンラインストアに並ぶようになれば、僕もプロ作家の仲間入りなのか。
 たった一冊出しただけで大げさかもしれないけれど、仮に第二作、三作と続けて出版することができれば——
 夢はふくらむ。

 そうなった場合、高校を卒業した時点で進学はせず、アルバイトなどをしながらある程度稼ぎつつ、執筆活動に専念したほうがよいのだろうか。
 大学や専門学校に進学となると、勉強に多くの時間が割かれて、執筆する時間があまり取れない気がする。
 成績は国語以外それほど良くはないし、今のところ大学進学への情熱もさほどあるわけではない。文学部には興味があるかな、くらいのものだし。
 かといって、アルバイトでぎりぎりの生活をしながらというのも、それはそれでキツそうだ。

 そこまで考えて、まだ受賞もしていないのに思考が飛躍していることに気づき、自制する。
 執筆活動に専念どころか、まだ一次選考を通過できたばかりにすぎない。
 二次選考で落ちることだって普通にあり得る。むしろ、落ちる可能性のほうが高いのだ。
 受賞してもいないのに先のことを考えるにはまだ早かった。

 ただ、先のことといっても高校生活はあと一年ちょっとなので、執筆活動はともかく進学なのか就職なのかはそろそろ決めないといけない。
 知春も里香も、とりあえず大学進学はするつもりだと話していたことがある。
 敦子先輩は成績優秀だし、国立大学の受験に向けて勉強をがんばっている。

 ——真莉愛は?
 彼女とはまだあまり話していないのでわからないけれど、どことなく頭の良さそうな雰囲気を感じるから、大学に進学するつもりなのかもしれない。

 思い立って、交換したばかりの真莉愛のLINEアカウントを開く。
 そして一言だけ『進路って決めてる?』とメッセージを送った。
 その直後、いきなりこんなことを訊くなんておかしいだろうか、と不安になってきた。
 きっと彼女はそこまで気にしないだろうと楽観的に期待することにして、LINEを閉じる。

 タブレット端末のほうに目をやると、ふみふみがオススメの小説三選を紹介していた。
 いつかこのコーナーで自分の作品が紹介されることになったら——僕はどうなってしまうんだろうか。
 きっと嬉しさのあまり、挙動不審になってしまいそうな気がする。

「……ふふっ」
 思わずにやけてしまう。
 ノートパソコンの画面に視線を戻し、書きかけの物語に意識を集中させた。

(つづく)

シェア: Xでポストする
← 前の話 目次 次の話 →