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16. 不振

 結論としては、真莉愛は僕の新刊を書店で十冊買ってくれた。
 そんなにたくさん買ってどうするのか訊いてみると、
「もちろん、布教用。あと二冊、オンラインで買ったんだよね。そっちは自分用」
 と言って彼女は——ふるのみこは笑った。
 以前のツイートどおり、本当に合計1ダース買ってくれたのだ。
 なんで二冊だけオンライン購入なのかは、その分だけちょうどポイントが貯まっていたからとのこと。
 彼女は一見ふわふわしていそうで、そういうところはしっかりしている。

 発売後の売れ行きは、正直なところよくわからない。
 出版社のほうでは何部売れたのか把握しているのかもしれないけれど、Twitterでエゴサをすると購入や読了のツイートをちらほら見かけるようになったので、SNSでの反応をチェックしている限りではまずまずのように思えた。
 今井さんいわく新刊の売れ行きは初速が重要らしいが、著者側は正確な数字がわからないのでやきもきするばかりだ。
 ともあれ、僕にできることはウザすぎない程度に宣伝をして、あとは買ってもらえることを祈るだけだった。

 YouTubeでふみふみのチャンネルを開く。
 あと数分でライブ配信が始まるところだ。
 気持ちが落ち着かないとき、彼女の声を聴くと心穏やかになれる。
 単純に声がいいというだけじゃなくて、話し方やテンポ、言葉遣い、すべてが耳に優しい。

「おまたせしました~」

 配信が始まって、いつものハスキーボイスが流れる。
 コメント欄がにわかに賑わい出した。
 そう、今この瞬間に彼女のことを待っていた人が何百人といるのだ。
 チャンネル登録者数だけでいえば一万人を超えていて、今でもファンは増え続けている。
 文芸系の、しかも個人のVTuberとしては珍しい部類に入るだろう。

 ふみふみの小説紹介を聴きながら、自分の進路のことに思いを馳せる。
 いよいよデビュー作が発売されて、これで僕も晴れて商業作家の仲間入りだ。
 そうは言っても、爆発的に売れるとは限らないし、商業作品を出し続けていかなければただの一発屋として終わってしまう。
 残念ながら、そんな作家は星の数ほどいるのが現実だ。
 出版社だって趣味で本をリリースしているわけではないので、売れそうにない作品は当然出版しない。
 新人賞受賞やWeb小説サイトで高評価となれば話題性もあって出版社も売りやすいけれど、そうでない場合は基本的に見向きもされない。

 僕のように小説の新人賞経由で出版した人だけでなく、Web小説サイトでの拾い上げで出版にこぎつけた人も、その作品だけ出版しておしまいという現実。
 シリーズ化なんて夢のまた夢で、第二作を出せるかどうかで精いっぱい。
 それでも二作目が出せるのであれば幸せなほうだ。
 今、自分がその分岐点に立っている自覚はある。
 だからこそ小説の執筆にもっと専念したいし、小説家として今後も活動していきたいというのが正直な気持ちだ。
 だけど、高校二年生の今、自分の進路をどうするべきかというのは短絡的には決めきれなかった。

 就職か、進学か。
 もっと具体的には、どこかで正社員やフリーターとして働きながら小説を書き続けるか、それとも大学や専門学校へ進学するか。
 大学に進むのであれば文学部だろう。
 ただ、僕はお世辞にも成績が良いとはいえないので、受験本番までずっと本気で勉強に時間を費やさないとまともに合格はできそうにない。
 そうなると、必然的に小説を書く時間が減ってしまい、せっかく商業出版できたのに第二作を出せるのがずいぶんと先になってしまうかもしれない。
 かといって、専業作家として生きていくことの難しさ、大変さは嫌というほど見聞きしているので、保険をかけるようで良い気分はしないけれど大学へ進学するというのは現実的な選択のようにも思える。

 ——こんなとき、真莉愛に相談できたら。
 そんな考えが頭をよぎる。
 僕が小説を書いていること自体は彼女も知っているので、白金式部であることは伏せて、小説の執筆と受験勉強のバランスについて相談してみようか。
 そもそも彼女は大学進学するつもりなのだろうか。
 以前話したときには、どんな道に進むかはまだ決めていないようなことを言っていた気がする。
 ただ、彼女は僕と違って成績が良いほうなので、大学受験をするにしても僕ほど受験勉強に苦しむことはないだろう。
 もし僕が進学を選択して受験に失敗してしまい、彼女はどこかの大学に合格できたとしたら——

「それでは、次のコーナーいきます~」

 ふみふみの声で、意識が配信に戻ってくる。
 いつの間にか小説紹介のコーナーは終わっていた。

       ***

 発売から二週間経つと、作品への反応は明らかに減った。
 オンラインストアでの評価やコメントも、ほとんど増えていなかった。
 SNSでエゴサをしても、発売日のすぐ後のツイートしか出てこない。
 出版社の公式アカウントでは、すでに他の作家の新刊情報を流すようになっている。
 毎日のように新しい作品が生まれては出されていくので、僕一人に構っていられないというのは理解できるけれど、それでも新人賞の銀賞受賞作なんだからもう少しフォローがあってもいんじゃないかと本音では思わなくもない。

 何かの拍子でバズったりすればあるいは——とも思うけれど、そんなに都合良くバズるものでもない。
 僕の中で諦めにも似た感情がじわりじわりと芽生えてくる。
 レビューサイトで低評価のコメントを見るたびに胃に穴が開きそうになり、現実は厳しい、という言葉が頭の中で何度も繰り返される。
 お金を出して作品を買ってくれたのは読者だし、感想は人それぞれ自由なのは当然だけれど、あまりにも無情なコメントを目にすることも少なくない。
 駄作とか時間の無駄とか言われるのはまだマシなほうで、萌えないゴミ呼ばわりされることも珍しくなかった。

 今井さんからメールが届いた。
 新作の企画があればぜひ、という趣旨の内容だった。
 これはつまり——続編を出すのは厳しいということ。
 もし売れ行きが好調であれば、今井さんたち出版社にしてみれば「ぜひ続編を」となるはずだ。
 そうではなく別の作品の企画を求めるのは、売れ行きが微妙だからこそ。
 僕は手短に返信する。
 出版社としては「企画を出すのも出さないのも作家側の自由」というスタンスなので、これからも商業作家として続けていきたいのであれば自主的に企画書を出し続けるしかない。
 それでもこうして連絡をくれるだけマシなのかもしれない。
 本当に見限られてしまったら、連絡すら途絶えるだろう。

 さっそく自室でノートパソコンを開いて、企画書を書こうとする。
 しかし十分経っても、二十分経っても、一文字も出てこなかった。
 何も思い浮かばない。
 ——気持ちが参ってしまっている。
 そう自覚できたのは、なんにもないのに突然涙が流れたから。
 僕はスマートフォンと財布を持って、外に出た。

       ***

「そうだったのぉ……」
 ハルさんは気遣わしげな顔をして、カウンターの向こう側でずっと話を聞いてくれていた。
 喫茶まほろばには、お客さんは相変わらず僕一人だった。
「旬ちゃん」
 ハルさんからカウンター越しに両手を包み込むようにされる。
「抱え込んじゃダメだからね。アタシでよかったらいつでも話すのよぉ」
「……ありがとうございます。正直、助かってます」
「旬ちゃんは内に閉じ込める癖があるから、気をつけないとね? 今みたいに、なんでも話してくれていいんだからぁ」
 空になったマグカップをハルさんは持ち上げ、珈琲を注いでくれた。
 温かさが身に沁みる。

「真莉愛ちゃんにはもう話したのぉ?」
「それが……まだなんです」
「あらぁん、やっぱり言い出しづらいのかしらぁ」
「そう……ですね、なんとなく」
 うーん、とハルさんはカウンターに頬杖をつく。
「旬ちゃんはさ、もし正体がバレたらきっと嫌われちゃうって思ってるから、言い出しづらいんでしょお? でもぉ、考えようによってはむしろ逆なんじゃないのぉん?」
「逆……? ですか?」
「そうよぉ。だって、自分が好きになった男の子が、実は自分が推してた小説家だったってことでしょお? それってさ、リアルでもバーチャルでも好きになった人がおんなじなんだから、ハッピー以外の何ものでもなくなぁい? シンプルに『わたしの見る目に間違いはなかった!』ってなると思うんだけどなぁ」
 目から鱗だった。
 言われてみれば、そういうふうに捉えることだってありえる。

「それにさぁ、言い方はちょっと厳しいかもだけど、もし嫌われちゃったとしてもそのくらいの情熱しかなかったってことな気もするけどねぇ」
「それは……そうなんですかね」
「そうよぉ、本当に旬ちゃんのことが大好きだったら、そんなことで嫌っちゃうわけないじゃなぁい。要はパッションね」
 この人はパッション芸人なのだろうかと思うくらいハルさんは情熱を持て余しているけれど、話していることはあながち間違ってもいないような気がする。

「知っててずっと黙ってたことだけは、ちゃんと謝ったほうがいいかもね? それはやっぱり『なんでずっと黙ってたの』ってなっちゃいそうだし。それもまぁ、なんとなく言い出しづらかったっていうことなんでしょうけど。でも、そこは素直にごめんなさいが一番ね」
「ですね……それは、そのとおりだと思ってます」
 ハルさんは一つうなずく。
「それで? もうチューはしたの?」
「えっ!? それは、ちょっと……」
「まだなのね……ホントに奥手なんだから、旬ちゃんは」
「だって、女子と付き合うなんて生まれて初めてだし……」
「付き合い始めて一か月近く経つんでしょお? 旬ちゃんはそんな調子だとしても、向こうはずーっと待ってるんじゃないのぉん?」

 真莉愛の顔を思い浮かべる。
 日頃から彼女の様子はよく見ているほうだと思っているけれど、そんな素振りはなかったはずだ。
 といっても、そもそも僕は女子の繊細な心の機微というものに明るいわけではないので、あっさりと見逃している可能性もなくはない。

「ま、アタシがこれ以上ツッコむのも野暮だから、そっとしておこうかしらねぇん」
 ハルさんは軽やかに笑う。
「打ち明けるタイミングは旬ちゃんが決めればいいと思うけど、誠実にね。困ったらいつでもいらっしゃいな」
「心強いです」
 珈琲を一口すする。
 ダークブラウンの液体には温かさが残っていた。

(つづく)

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