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13. 気持ち

 土曜日の午前十時に集合した僕らは、ショッピングモール内の映画館へ真っすぐに向かった。
 さすがに土曜日だからか映画館は混んでいて、四人が横並びの席は取れず、二人ずつで列が分かれてしまった。
 里香からの提案はこうだ。
「トモがさぁ、どぉおしてもあたしと一緒じゃないと寂しくて死んじゃうって言うわけ。だから仕方なぁあくトモと並んで座るしかないじゃん? そしたら、まーちゃんと御手洗くんが隣同士ってことになるじゃん? まあ、そういうことよ」

 ……どういうことなのか。
 知春は里香の隣で、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
 真莉愛は少しだけ笑って「オッケー」と返した。
「旬くんもそれでいい?」
 いつものサイドテールを撫でつけながら真莉愛は訊いてくる。
 いいも何も、ノーと言う余地はなかった。
 座席を予約してくれたのは知春と里香なので、あれこれと文句は言えない。

 知春が僕の真横にやってきて、耳打ちをする。
「シュンちゃん、わかってんだろーな。グッとしてチューだぜ」
「なっ」
 思わずのけぞってしまう。
 すかさず知春は僕に向かってウインクしてきた。
 その後ろで里香がニヤニヤと親指を立てている。
 グっ! じゃないんだよ。
「やれやれ……」

       ***

 エンディングテーマが流れる。
 SNSでバズったライト文芸小説の実写映画で、原作をすでに読んだことがあったから映画版と小説版とで異なる部分がなかなか興味深かった。
 隣に座っている真莉愛は、スクリーンを流れるスタッフロールをずっと目で追っている。
 もちろん僕は、上映中に彼女のことをガッともグッともしていないし、チューは言うまでもない。

 しばらくして二人でホールから出ると、知春と里香が待っていた。
「あっ、やっと出てきたぁ」
 里香が手を振る。
「ずいぶん遅かったな。待ちくたびれ————うっ!?」
 知春が急にお腹を抱えてうずくまる。
 すぐに里香もかがんで「どしたのトモ!?」と知春の背中に手を回す。
「なんか……急に腹が……!」
「ええっ、マジで! コーラ飲みすぎたからじゃない!?」
「ちょっと無理っぽいわ……悪いリカ、ちょっと一緒に来てくれ……」
「穂坂くん、大丈夫?」
 心配そうな表情で真莉愛が声をかける。
「ああ、ちょっと医務室で休ませてもらうわ……リカ、頼む」
「しょーがないなー」
 ……ん?
 なんか、芝居がかっているような……?
 そこはかとなく違和感を覚える。
 Lサイズを二杯飲んでいたとはいえ、知春がコーラ1リットル程度でお腹を壊すことなんてそうそうありえないはずだ。

 そして知春は里香の肩につかまり、医務室のほうへと向かった。
 気のせいか、曲がり角の辺りで一瞬うかがえた二人の顔は、ニヤけていたように見えた。
 真莉愛はスマートフォンに視線を落としていて気づいていない。
 二人の姿が見えなくなると、知春から僕だけにLINEでメッセージが届いた。

『シュンちゃんあとはうまくやれよな!』

 ……なるほど。
 そういうことか。
 真莉愛はスマートフォンから顔を上げると、二人の魂胆に気づいていないのか、少しだけ気遣わしげに「大丈夫かなぁ」とつぶやいた。
 僕と真莉愛は映画館の出入口付近でしばらく待つことに。
 五分ほどして里香からLINEのグループチャットに連続でメッセージが入る。

 『まーちゃん 御手洗くん』
 『しばらくムリっぽいからどっかで時間つぶしてきてー』

 そのあとすぐに『ごめんね!』というアニメキャラのスタンプが里香から送られてくる。
「ホントに大丈夫かな……」
 スマートフォンを眺めながら真莉愛が口にする。
「トモなら、きっと大丈夫だよ」
「そうなの? でも、待ってなくて平気かな」
「たぶん、ここには来ないと思うよ」
「えっ?」
 素で驚いたような顔を向けてくる。
 そして真莉愛はようやく察したらしく、「あっ」と声を上げた。
「あの二人らしいね」
 呆れたような困ったような顔で、彼女は言葉を漏らす。
「とりあえず出よっか。旬くん、どこか行きたいところある?」
「僕は……いや、ここっていうのはないけど」
「そしたらさ、一緒に行きたいところがあって」

 僕と真莉愛は映画館を出て、ショッピングモール内にある家電量販店に向かった。
 テーブルに置くタイプのマイクが欲しいらしく、目的のコーナーで彼女はさっそく品定めをする。
「コレにしようかな」
 そう言って彼女が手に取ったマイクは、二万円以上もする代物だった。
「そんなに高いヤツ買うの? このマイク、ゲーマーとかストリーマー向けって書いてあるけど」
「わたし、ゲームするからさ。Discordでそういうコミュニティに入ってるんだけど、今使ってるマイクが調子悪くなってきちゃって」
「そうなんだ……それにしても、こんな何万円もするものをポンと買うなんて、すごいね」
「イイやつが欲しかったんだよね」
 他にもいろいろ使うしね、と真莉愛は上機嫌だ。
 彼女が嬉しそうならそれでいいか。

 それから僕たちは、フードコードでお昼ご飯を食べて、ショッピングモールの外に出た。
 特に行く当てもなかったので、すぐ近くを流れている川沿いを歩いて大型書店へと向かうことに。
 散策にうってつけな広い通りなので、家族連れやカップルだけでなく僕らと同じような高校生くらいの集団ともすれ違う。
 ライトグレーのニット生地のトップスに黒のスキニーという装いが彼女のスタイルの良さを強調していて、心なしか周りの男性の視線がちらちらと彼女に向けられている気がする。
 当の真莉愛は吹き抜ける風が気持ちよさげに目を細めていて、気にも留めていない様子だった。

 僕たちはどんなふうに見られているのだろうか。
 彼女のほうが十センチメートルほど背が高いから、歳の近い姉弟とか? いや、姉妹かもしれない。
 少なくとも、推しとそのファンだとは誰も思うまい。

 ——もしかしたら、打ち明ける絶好のタイミングなのでは。
 僕は彼女が白金式部——Web小説家としての僕を推しているということを知っているし、彼女がTwitter上でのファンアカウント《ふるのみこ》であることも知っている。
 だけど、彼女は僕が小説を書いていることには気づいたけれど、白金式部であるということには気づいていない。
 僕と真莉愛は、ここ最近でずいぶんと仲良くなった。
 でもそれは、あくまで《御手洗旬》としての僕と《三丘真莉愛》としての彼女の距離が縮まったという意味だ。
 それを思うと、もしかしたらフェアじゃないのかもしれない。

「実は僕、白金式部なんだ」

 ——そう打ち明けたら、彼女はどんな顔をするだろうか。
 信じてもらえない、ということはないはず。
 だけど——

「旬くんさ」
 真莉愛が訊いてくる。
「この間、YouTube観てるって話してたでしょ? 文芸系の」
「ああ、うん、一緒に公園行ったときだよね」
「そう。文芸系VTuberの《くろのふみ》が好きって言ってたけどさ、どういうところが好きなの? やっぱり見た目?」
「もちろん見た目もだけど、それだけじゃないね。声とか仕草とかも好きだし、一番はトークかなぁ」
「トーク、そんなに面白い?」
「なんていうか、すっごい笑えるとかじゃないんだけど、聴いてて落ち着くしずっと聴いてたいって思えるんだよね。僕の中にすっと沁み込んで広がるっていうか。僕的にはけっこう珍しいことで、そいうのって彼女が初めてかも」
「ふうん……他にも推しはいるの?」
「ううん、いない。ふみふみだけ。彼女がいればそれでいい」
 真莉愛は何やらもにょもにょとはにかんでいる。
「そしたらさ、もしふみふみが活動休止しちゃったら旬くんはどうする?」
「ええーっ、それはキツイな……たぶん、しばらく学校休むかも。ていうか、何もする気力が起きなくなる、きっと」
「……そうだよね、自分の推しが急に活動止めちゃったりしたらショックだよね……」
 唇をきゅっと噛み、真莉愛は続けた。
「わたしだって、プラチナ先生がいきなり活動休止したら呆然とするだろうしな……たぶん泣いちゃう。Web小説家はたくさんいるけど、プラチナ先生は世界に一人だけだから」

 不意に、鼻の奥がつんとしてきた。
 これほどまでに想っていてくれるというのは、何物にも代えがたい幸せだ。
 Web小説家にしてもVTuberにしても、オンライン上で活動している。
 読者やリスナーはコンテンツを通じて楽しいと感じたり、笑ったり感動したりできる。
 でも、Web小説家もVTuberも、ずっとそこにいるというのは決して当たり前のことじゃない。
 《推し》に活動をずっと続けてほしいからこそ僕らのようなファンは応援し続けるし、その魅力をもっと多くの人に知ってもらいたいと思っている。
 やっぱり《推し》は友達や恋人とはまた違った存在なのかも、と再認識する。
 《推し》に対する捉え方は人それぞれだけれど、僕にとっては大切な存在であることには変わりない。

 真莉愛と並んで歩きながら、ふと川面に目をやる。
 日差しがきらきらと反射していた。
「こんなふうに歩くのって、初めてなんだよね」
 不意に、真莉愛がつぶやくように言った。
「えっ? でも、こないだも一緒に歩いたし」
「ううん、そういう意味じゃなくて。二人きりで一緒に歩ける男子っていうのが、旬くんが初めてってこと」
 はにかみ笑いを向けてくる。
「それって、どういう……?」
「あっ、誤解しないでね。別に男嫌いとか何かトラウマがあるとか、そういうわけじゃなくて」
 旬くんはさ、と真莉愛は続ける。
「ひとめぼれって、信じる?」

(つづく)

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