5.センス
僕こと御手洗旬が同級生の女子から《推される》ことなどファンタジーである——そんなふうに思っていた。
だからこそ、そんな鬱屈とした気持ちを小説へと昇華することでWeb小説家として生きていられるのだと自己陶酔的に信じていた、といったほうが正確かもしれない。
しかし、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。
「でさ、最新話でついに二人がバス停でキスしたんだよね!」
真莉愛の声が弾む。
小説好きという共通点があって、僕としては予想もつかなかったことだが、彼女とはここ数週間でぐっと距離が縮まった。
自分でいうのもなんだけれど、僕が陰キャなのは相変わらずなので、学校でまともに会話をしているのは彼女を除けば悪友の知春と、女子版・知春ともいえよう陽キャを絵に描いたような里香だけだ。
「たぶんさ、あれってヨウがナナコのことを好きだから迫ったんじゃなくって、ナナコが迫らせたんだよね。誘い込んだっていうか」
……そのとおりです。
著者の白金式部であるこの僕が連載中の小説のことなので、当然ながら僕は熟知している。
「しかも、四つまえのエピソードでナナコがヨウに他の男子のことを匂わせてたからさ、ヨウを徐々に焦らせておいたんだよね。それだけだとナナコがあざといって感じに映るけど、ホントは不安の裏返しっていうか」
……四つまえのエピソードまで覚えてるのか。
僕は黙ったままうなずく。
「ヨウは鈍いから気づいてないけど、ミキ先輩から露骨にアプローチされてて、ナナコもそれに気づいてるからさ、ホントはナナコのほうがめっちゃ焦ってるっていう。たぶんだけど、このあとの展開的にミキ先輩がもう一押ししてきて、ヨウもちょっと気持ちが揺れそうになるけど、結局はナナコのことを選ぶっていう感じじゃないかなって思ってるんだよね」
「なるほどね」
そんなふうに僕は平静を装いながらも、このあとの展開が全部バレてて内心ヒヤヒヤなのは内緒だ。
「王道って感じだよね。でも、普通だったらそういうベタな展開って『またこれか』みたいに飽きやすくなるけど、プラチナ先生の場合は全然飽きないんだよね。たぶん、上手い具合に心理描写が掘り下げられてるから、逆に王道な展開のほうが伝わりやすいっていうか。そういうところが大好きなんだよね」
大好きなんだよね。
だいすきなんだよね。
ダイスキナンダヨネ。
頭の中で彼女の声が繰り返し再生される。
——なんだろう、もう耐えられなくなってきた。
パンツまで脱がされて丸裸にされて、さらに筆先で全身をくすぐられている気分だ。
「あのさ」
彼女の話を遮るような形で、僕は訊ねる。
「その、プラチナ先生? の小説って、どんなところが好きなの?」
「センスかな」
彼女は即答する。
「話の創り方もそうだけど、言葉選びとか、キャラ同士の会話とか、プラチナ先生ってけっこう独特なセンスしてると思うんだよね。そういうところが特に好きかな」
「……そっか」
真莉愛は、いろんなジャンルの小説を数多く読んできているからか、知識も豊富で洞察も深い。
彼女がどんな目線で小説を読んでいて、どんな作品のどういうところを好むのか、ずっと興味があった。
センスが好きという彼女の言葉に、嬉しさももちろんあるけれど、Web小説家の端くれとしては身の引き締まる思いだ。
「ていうかさ、プラチナ先生、二次選考も通ったんだって! すごいよね!」
「そうなの?」
「だってさ、百倍以上の競争率で最終選考の五人に残ったんだよ? すごいよマジで!」
もちろん、自分でもわかっている。
喫茶まほろばでハルさんと話しているときに、二人で二次選考の結果を見たから。
でも、いまだに実感が湧かない。
たしかに自信作ではあったけれど、大手出版社の新人賞でここまで残れたなんて。
ふわふわと浮ついた気分のまま二次選考を通過したような感じがする。
このまま最終選考もふわふわと通って、受賞にたどり着けるんじゃないかなんて、世の中そんなに甘くはないとわかっていつつも期待してしまう。
「御手洗くん?」
真莉愛が僕の顔をのぞき込んでくる。
「えッ?」
思わずのけぞってしまった。
彼女は首を少しだけ傾けた。
「どしたの?」
「いや、ううん」
なにも、と言おうとして後ろから声をかけられた。
「旬くん」
振り返ると、敦子先輩が一人で立っていた。
「どうも」
僕が応えると、敦子先輩は僕と真莉愛の顔を交互に見やった。
「あ、隣のクラスの女子で三丘さんです」
真莉愛も敦子先輩のほうをじっと見ている。
彼女にも紹介する。
「文芸部の先輩で、三年の秋山さん」
「ふうん」
とっさに敦子先輩が言葉を挟む。
「『秋山さん』なんて他人行儀に呼ぶんだ、旬くん」
「えッ? いや」
「ふふっ、なんてね。よろしくね、三丘さん」
「……どうも」
ニュートラルな表情で真莉愛が頭を下げる。
じゃあね、と敦子先輩は立ち去った。
しばらく二人で、敦子先輩の後ろ姿を目で追う。
「……あの人、こわいね」
真莉愛がぽそりとつぶやいた。
彼女のほうを見ると、心なしか少しだけ警戒するような顔つきにうかがえた。
「そう? 全然、優しい人だけど」
「……まあ、いいけどね。ていうか『旬くん』なんて呼ばれてるんだ」
「ああ、敦子先輩とは入学したときから同じ文芸部だし」
「へぇえ。そうなんだ。敦子先輩、ね」
ふぅん、と真莉愛は表情を一切変えずに言う。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「本を貸すっていう話さ」
真莉愛が言葉を向けてくる。
「明日持ってくるね」
「あ、うん。ありがとう」
辺りにいた生徒たちがぞろぞろと動き出した。
「またね、旬くん」
そして真莉愛は、いつものように微笑んで左手をひらひらさせ、自分の教室へと戻っていった。
「……ん?」
旬くん?
え、今……名前で呼ばれた?
初めてのことかもしれないと思いつつ、次の授業は生物で移動教室なので、僕も急いで教室に向かった。
だからこそ、そんな鬱屈とした気持ちを小説へと昇華することでWeb小説家として生きていられるのだと自己陶酔的に信じていた、といったほうが正確かもしれない。
しかし、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。
「でさ、最新話でついに二人がバス停でキスしたんだよね!」
真莉愛の声が弾む。
小説好きという共通点があって、僕としては予想もつかなかったことだが、彼女とはここ数週間でぐっと距離が縮まった。
自分でいうのもなんだけれど、僕が陰キャなのは相変わらずなので、学校でまともに会話をしているのは彼女を除けば悪友の知春と、女子版・知春ともいえよう陽キャを絵に描いたような里香だけだ。
「たぶんさ、あれってヨウがナナコのことを好きだから迫ったんじゃなくって、ナナコが迫らせたんだよね。誘い込んだっていうか」
……そのとおりです。
著者の白金式部であるこの僕が連載中の小説のことなので、当然ながら僕は熟知している。
「しかも、四つまえのエピソードでナナコがヨウに他の男子のことを匂わせてたからさ、ヨウを徐々に焦らせておいたんだよね。それだけだとナナコがあざといって感じに映るけど、ホントは不安の裏返しっていうか」
……四つまえのエピソードまで覚えてるのか。
僕は黙ったままうなずく。
「ヨウは鈍いから気づいてないけど、ミキ先輩から露骨にアプローチされてて、ナナコもそれに気づいてるからさ、ホントはナナコのほうがめっちゃ焦ってるっていう。たぶんだけど、このあとの展開的にミキ先輩がもう一押ししてきて、ヨウもちょっと気持ちが揺れそうになるけど、結局はナナコのことを選ぶっていう感じじゃないかなって思ってるんだよね」
「なるほどね」
そんなふうに僕は平静を装いながらも、このあとの展開が全部バレてて内心ヒヤヒヤなのは内緒だ。
「王道って感じだよね。でも、普通だったらそういうベタな展開って『またこれか』みたいに飽きやすくなるけど、プラチナ先生の場合は全然飽きないんだよね。たぶん、上手い具合に心理描写が掘り下げられてるから、逆に王道な展開のほうが伝わりやすいっていうか。そういうところが大好きなんだよね」
大好きなんだよね。
だいすきなんだよね。
ダイスキナンダヨネ。
頭の中で彼女の声が繰り返し再生される。
——なんだろう、もう耐えられなくなってきた。
パンツまで脱がされて丸裸にされて、さらに筆先で全身をくすぐられている気分だ。
「あのさ」
彼女の話を遮るような形で、僕は訊ねる。
「その、プラチナ先生? の小説って、どんなところが好きなの?」
「センスかな」
彼女は即答する。
「話の創り方もそうだけど、言葉選びとか、キャラ同士の会話とか、プラチナ先生ってけっこう独特なセンスしてると思うんだよね。そういうところが特に好きかな」
「……そっか」
真莉愛は、いろんなジャンルの小説を数多く読んできているからか、知識も豊富で洞察も深い。
彼女がどんな目線で小説を読んでいて、どんな作品のどういうところを好むのか、ずっと興味があった。
センスが好きという彼女の言葉に、嬉しさももちろんあるけれど、Web小説家の端くれとしては身の引き締まる思いだ。
「ていうかさ、プラチナ先生、二次選考も通ったんだって! すごいよね!」
「そうなの?」
「だってさ、百倍以上の競争率で最終選考の五人に残ったんだよ? すごいよマジで!」
もちろん、自分でもわかっている。
喫茶まほろばでハルさんと話しているときに、二人で二次選考の結果を見たから。
でも、いまだに実感が湧かない。
たしかに自信作ではあったけれど、大手出版社の新人賞でここまで残れたなんて。
ふわふわと浮ついた気分のまま二次選考を通過したような感じがする。
このまま最終選考もふわふわと通って、受賞にたどり着けるんじゃないかなんて、世の中そんなに甘くはないとわかっていつつも期待してしまう。
「御手洗くん?」
真莉愛が僕の顔をのぞき込んでくる。
「えッ?」
思わずのけぞってしまった。
彼女は首を少しだけ傾けた。
「どしたの?」
「いや、ううん」
なにも、と言おうとして後ろから声をかけられた。
「旬くん」
振り返ると、敦子先輩が一人で立っていた。
「どうも」
僕が応えると、敦子先輩は僕と真莉愛の顔を交互に見やった。
「あ、隣のクラスの女子で三丘さんです」
真莉愛も敦子先輩のほうをじっと見ている。
彼女にも紹介する。
「文芸部の先輩で、三年の秋山さん」
「ふうん」
とっさに敦子先輩が言葉を挟む。
「『秋山さん』なんて他人行儀に呼ぶんだ、旬くん」
「えッ? いや」
「ふふっ、なんてね。よろしくね、三丘さん」
「……どうも」
ニュートラルな表情で真莉愛が頭を下げる。
じゃあね、と敦子先輩は立ち去った。
しばらく二人で、敦子先輩の後ろ姿を目で追う。
「……あの人、こわいね」
真莉愛がぽそりとつぶやいた。
彼女のほうを見ると、心なしか少しだけ警戒するような顔つきにうかがえた。
「そう? 全然、優しい人だけど」
「……まあ、いいけどね。ていうか『旬くん』なんて呼ばれてるんだ」
「ああ、敦子先輩とは入学したときから同じ文芸部だし」
「へぇえ。そうなんだ。敦子先輩、ね」
ふぅん、と真莉愛は表情を一切変えずに言う。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「本を貸すっていう話さ」
真莉愛が言葉を向けてくる。
「明日持ってくるね」
「あ、うん。ありがとう」
辺りにいた生徒たちがぞろぞろと動き出した。
「またね、旬くん」
そして真莉愛は、いつものように微笑んで左手をひらひらさせ、自分の教室へと戻っていった。
「……ん?」
旬くん?
え、今……名前で呼ばれた?
初めてのことかもしれないと思いつつ、次の授業は生物で移動教室なので、僕も急いで教室に向かった。
(つづく)
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