4.揺らぎ
三丘真莉愛、県立湊高校二年生。
艶やかでややクセのある栗色のロングヘアを、普段はサイドテールにしていることが多い。
いつも微笑んでいて、落ち着いた雰囲気をしている。
その大きく澄んだ両目で、人の内側をのぞき込むような視線を向けることがある。
だからなのか、人の内面や感情の変化を察することに長けている。
たまにぼーっとして人の話を聞いていないときがあり、指摘されると「ごめん、聞いてなかった」と謝るところまでがワンセット。
学校での成績は中の上、どちらかというと文系科目が得意。
部活動はしていない。
基本的に誰とでも分け隔てなく接するが、同学年の早海里香とは特に仲が良く、BL作品のことでよく盛り上がっている。
小説を読むことが大好きで、一般エンタメや純文学、ライトノベルなど、守備範囲は広い。
Web上の小説投稿サイトで作品を読むことも多く、中でも《白金式部》名義で活動しているWeb作家に傾倒している。
イラストを描くことが得意であり、Twitterで《ふるのみこ》として文芸全般のことをツイートしつつ、様々なイラストを投稿することがある。
……というのが、ここ二週間で彼女についてわかったことだ。
しっとりと後方腕組みをしていることもあれば子どものようにはしゃぐこともあって、知れば知るほど、僕の目にはミステリアスな存在に映る。
「シュンちゃんさぁ」
ただ、見ていて気づいたのは、彼女のことを気になっている男子はそこかしこにいるのかもしれないということだ。
彼女のビジュアル面だけでなく、柔らかさと華やかさが相まったような不思議な存在感に惹かれるのだろう。
「マリアちゃんのこと大好きだべ?」
「ふぇえ!?」
不意打ちの言葉を受けて知春のほうを向くと、いつもより三割増しのニヤけ顔だった。
「バレバレっしょ。つーか、マリアちゃんのほう見すぎだって」
週に一度の全校集会で、朝から体育館に集まっている。
教頭先生のありがたくも長大な話を右から左へと聞き流しているうちに、気づけば集会は終わっていた。
真莉愛とはクラスが隣なので、同じクラスで二列に並んでいた僕たち三人と彼女とは数メートルほど距離がある。
右斜め前方、いつものサイドテールを撫でつけながら、彼女はクラスメイトと何やら話をしていた。
「何回も話しかけてんのに、全然聞こえてねーんだもんよ。なあ?」
「だよねー」
そう言いつつ、里香も知春に負けず劣らずニヤついた顔をしている。
「御手洗くん、気になるの?」
「いや、なんていうか」
里香の問いに、上手く返すことができない。
なんだか気恥ずかしくなってきた。
「僕、そんなに見てた?」
「いやいや、ガン見とかいうレベルじゃねーし」
知春がけらけらと笑う。
「全然気づかねーマリアちゃんもマリアちゃんだけどな」
「それなー」
里香も笑って同調する。
「なんか、吸い込まれてたよ。でも、まーちゃん、モテるかんねー。大変かもよー?」
「大変? 何が?」
「だからさぁ……んー、まあいっか」
「えっなに、気になる」
「なぁいしょー」
話を断ち切るように「教室戻ろうよ」と里香が言って歩き出すと、知春が彼女の横に並んだ。
僕も一歩後ろから二人に続いた。
***
「あら、旬ちゃんじゃないのォ。いらっしゃあい」
店内に足を踏み入れた瞬間、よく通る声が向けられた。
珈琲の芳しい香りが鼻をくすぐる。
《喫茶まほろば》には他の客は誰もいなかった。
「ブレンド?」
「お願いします」
はいよォん、と軽快に返事をするハルさんは、小説やドラマでよく見かけるような、落ち着いた物腰の喫茶店のマスターとは異なる印象を受ける。
オフショルダーの白Tシャツの上に、くたびれ気味のチャコールグレーのエプロンを着ていた。
肩にかかる鮮やかなワインレッドの髪が艶っぽい。
カウンター席に着いて、僕はリュックからノートパソコンを取り出す。
自分の部屋で執筆をしていて煮詰まったときは、気分転換でまほろばに来ることが多い。
自宅から歩いて来られる距離にあるから立ち寄りやすいというのもある。
「ハルさん」
それに、家から近いからというだけではない。
「あァら、なんか『絶賛お悩み中です!』みたいな顔してるじゃないのォ」
「……聞いてくれます?」
「なによ改まって、いやぁねもう! アタシと旬ちゃんの仲でしょおん!?」
カウンター越しに、ばんばんと肩を叩かれる。
そして、ハルさんは珈琲を差し出してくれた。
そう、悩みごとや不安なことがあるたびに、僕はハルさんに話を聞いてもらっている。
「仲って、どういう仲なんですか」
「あら、そんなこと訊いちゃうわけ? 乙女の口から言わせる気ぃ?」
「誰が乙女ですか、春人さん」
「本名で呼ぶんじゃないわよ」
めっ、と鼻先を突かれた。
「それで? 何かあったの?」
「いろいろと……いろいろなことがありまして」
僕が小説を書いていることをハルさんは知っていたけれど、Web作家として活動していることまでは知らなかったようなので、そこから説明する。
出版社主催の小説新人賞に長編小説を投稿して、一次選考を通過したこと。
校内で最近知り合った女子が自分の小説の大ファンだったこと、そして僕だけがそのことに気づいていて彼女は何も知らないままであること。
それらが頭の中をぐるぐる巡って、連載中の小説の執筆がなかなか進まないこと。
一方的に話す僕をさえぎることなく、相槌を打ちながらハルさんは聞いてくれた。
「なるほどねェん」
「僕、どうしたらいいかわかんなくて」
「別にどうこうする必要ないんじゃないのォ?」
「そんな……冷たくないですか」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなくて、旬ちゃんは自然体でいればいいんじゃない? そのコだって、ありのままの旬ちゃん、プラチナ先生のことが好きなんでしょう?」
プラチナ先生のことが好き、というワードに改めて気恥ずかしくなる。
おそらく事実なのだろうけれど、無性にむずがゆくなる。
「そうなんでしょうけど……」
「たぶんさぁ、旬ちゃん的には、自分だけホントのことを知ってて黙ったままでいるってのに抵抗があるっていうか、罪悪感みたいなものがあるんでしょう? あとは、自分の推しが実は旬ちゃんでした! ってバレたときにガッカリされたり嫌われるんじゃないかっていう不安とか」
「……そうかもです」
「んー、アタシからすると全然気にしなくてもいいと思うけどなぁ。人から好かれるとか嫌われるとかって、自分で決められるものじゃないし。それに、最近知り合ったばかりなんでしょう? ぶっちゃけ、もし嫌われちゃったとしても全然——」
そこでハルさんは言葉を区切って、僕の顔をまじまじと見てくる。
ははァん、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ラブってこと?」
「ラっ」
僕の反応で察したのか、ハルさんは両手を広げて僕を制するような身振りをした。
「オッケーオッケー、それなら仕方ないよねぇ。それで、向こうは旬ちゃんのことどう思ってんのォ?」
「どうって……だいたい小説のことを話してるだけなんで、正直あんまりよくわかんないっていうか……」
「んもう、シャイボーイなんだからぁ、旬ちゃんは。ラブいんだったらもっとグイグイいきなさいよ!」
「グイグイって、僕がそんなキャラじゃないのはハルさんもよく知ってるでしょう」
「っかあーッ! キャラとかじゃないのよ、大事なのはパッションよ、パッション!」
「いやハルさん、正直、よくわかんないんです。誰かを好きになるとか子どもの頃からほとんどなかったし、誰かから好かれるなんてなおさらで。でも、トモに言われて気づいたんですけど、僕、彼女のことをずっと見てるらしくて。そのことを彼女は気づいてないっぽいんでまだギリギリセーフなんですけど、なんかストーカーみたいじゃないですか。自分でも危ないなって。だけど授業中も、トモとかと話してても、家で小説書いてても、いつも彼女の顔が頭にちらつくんです。これってなんなんですかね?」
「旬ちゃん……」
呆れたように軽くため息をつき、優しげな顔をハルさんは向けてくる。
「それがラブじゃなかったら、いったいなんなのよ」
返す言葉がなかった。
「だいぶ重症ね……完全に恋しちゃってるじゃない」
「大丈夫ですかね? キモくないですかね?」
「え、どゆこと? キモいとか、全然そんなことないでしょう」
「いや、さすがに彼女のことをじっと見るのは気をつけようとは思うんですけどね。なんていうか、僕的には彼女とは小説の話も合うし楽しいけど、彼女のことを好きかどうかっていうのは本当によくわからないんですよ。それに、彼女からすれば、これまで普通に小説のこととか話してただけの同級生から急に好きみたいな感情を向けられたら、気持ち悪くないかなって」
「旬ちゃん」
あなたね、とハルさんは諭すように言葉を向けてくる。
「そんなことないから、大丈夫。そういう奥ゆかしいっていうか、ちょっと引っ込み思案なところも旬ちゃんのカワイイところなんだけど、あんまりネガティブに考えなくて大丈夫だから」
「……ありがとうございます」
「珈琲、冷めちゃったんじゃない? 特別に淹れ直してあげるわよォん」
ソーサーごとカップを持ち上げて「そういえばさぁ」とハルさんは言った。
「小説のほう、一次選考? 通過したんでしょう? すごいじゃないのォ」
「どうもです」
「それって、あと何回通れば受賞?」
「二次選考と最終選考があるんで、あと二回ですね」
「そっかぁ、どうなん? イケそう?」
「どうでしょうね……そういえば、そろそろ二次選考の結果が出る頃かも」
「えっ、見てみなさいよ、公式サイトで結果発表してるんでしょう?」
ハルさんは僕のノートパソコンを指さす。
一次選考の結果発表から二週間ほどが過ぎたので、タイミングとしては頃合いだった。
さっそく、光陽文庫小説新人賞のページを開く。
ページ上に【二次選考結果はこちら】のリンクが新たに追加されていた。
急に心拍数が上がってくる。
ひと息置いてリンクを押すと、ページがすぐに切り替わった。
『このたびは、第十三回光陽文庫小説新人賞にご応募いただき、誠にありがとうございます。二次選考を通過された作品は以下の一覧のとおりです。最終選考の結果につきましては、改めて公式サイトにて公開いたしますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。 光陽文庫文芸編集部』
——そんな。
僕は思わず立ち上がる。
「んんっ? どしたのォ?」
ハルさんの声が耳に入る。
それでも、ノートパソコンの画面から目が離せなかった。
二次選考通過者は五名。
著者名と作品名が並ぶリストの最後に《白金式部》の名前が載っていた。
艶やかでややクセのある栗色のロングヘアを、普段はサイドテールにしていることが多い。
いつも微笑んでいて、落ち着いた雰囲気をしている。
その大きく澄んだ両目で、人の内側をのぞき込むような視線を向けることがある。
だからなのか、人の内面や感情の変化を察することに長けている。
たまにぼーっとして人の話を聞いていないときがあり、指摘されると「ごめん、聞いてなかった」と謝るところまでがワンセット。
学校での成績は中の上、どちらかというと文系科目が得意。
部活動はしていない。
基本的に誰とでも分け隔てなく接するが、同学年の早海里香とは特に仲が良く、BL作品のことでよく盛り上がっている。
小説を読むことが大好きで、一般エンタメや純文学、ライトノベルなど、守備範囲は広い。
Web上の小説投稿サイトで作品を読むことも多く、中でも《白金式部》名義で活動しているWeb作家に傾倒している。
イラストを描くことが得意であり、Twitterで《ふるのみこ》として文芸全般のことをツイートしつつ、様々なイラストを投稿することがある。
……というのが、ここ二週間で彼女についてわかったことだ。
しっとりと後方腕組みをしていることもあれば子どものようにはしゃぐこともあって、知れば知るほど、僕の目にはミステリアスな存在に映る。
「シュンちゃんさぁ」
ただ、見ていて気づいたのは、彼女のことを気になっている男子はそこかしこにいるのかもしれないということだ。
彼女のビジュアル面だけでなく、柔らかさと華やかさが相まったような不思議な存在感に惹かれるのだろう。
「マリアちゃんのこと大好きだべ?」
「ふぇえ!?」
不意打ちの言葉を受けて知春のほうを向くと、いつもより三割増しのニヤけ顔だった。
「バレバレっしょ。つーか、マリアちゃんのほう見すぎだって」
週に一度の全校集会で、朝から体育館に集まっている。
教頭先生のありがたくも長大な話を右から左へと聞き流しているうちに、気づけば集会は終わっていた。
真莉愛とはクラスが隣なので、同じクラスで二列に並んでいた僕たち三人と彼女とは数メートルほど距離がある。
右斜め前方、いつものサイドテールを撫でつけながら、彼女はクラスメイトと何やら話をしていた。
「何回も話しかけてんのに、全然聞こえてねーんだもんよ。なあ?」
「だよねー」
そう言いつつ、里香も知春に負けず劣らずニヤついた顔をしている。
「御手洗くん、気になるの?」
「いや、なんていうか」
里香の問いに、上手く返すことができない。
なんだか気恥ずかしくなってきた。
「僕、そんなに見てた?」
「いやいや、ガン見とかいうレベルじゃねーし」
知春がけらけらと笑う。
「全然気づかねーマリアちゃんもマリアちゃんだけどな」
「それなー」
里香も笑って同調する。
「なんか、吸い込まれてたよ。でも、まーちゃん、モテるかんねー。大変かもよー?」
「大変? 何が?」
「だからさぁ……んー、まあいっか」
「えっなに、気になる」
「なぁいしょー」
話を断ち切るように「教室戻ろうよ」と里香が言って歩き出すと、知春が彼女の横に並んだ。
僕も一歩後ろから二人に続いた。
***
「あら、旬ちゃんじゃないのォ。いらっしゃあい」
店内に足を踏み入れた瞬間、よく通る声が向けられた。
珈琲の芳しい香りが鼻をくすぐる。
《喫茶まほろば》には他の客は誰もいなかった。
「ブレンド?」
「お願いします」
はいよォん、と軽快に返事をするハルさんは、小説やドラマでよく見かけるような、落ち着いた物腰の喫茶店のマスターとは異なる印象を受ける。
オフショルダーの白Tシャツの上に、くたびれ気味のチャコールグレーのエプロンを着ていた。
肩にかかる鮮やかなワインレッドの髪が艶っぽい。
カウンター席に着いて、僕はリュックからノートパソコンを取り出す。
自分の部屋で執筆をしていて煮詰まったときは、気分転換でまほろばに来ることが多い。
自宅から歩いて来られる距離にあるから立ち寄りやすいというのもある。
「ハルさん」
それに、家から近いからというだけではない。
「あァら、なんか『絶賛お悩み中です!』みたいな顔してるじゃないのォ」
「……聞いてくれます?」
「なによ改まって、いやぁねもう! アタシと旬ちゃんの仲でしょおん!?」
カウンター越しに、ばんばんと肩を叩かれる。
そして、ハルさんは珈琲を差し出してくれた。
そう、悩みごとや不安なことがあるたびに、僕はハルさんに話を聞いてもらっている。
「仲って、どういう仲なんですか」
「あら、そんなこと訊いちゃうわけ? 乙女の口から言わせる気ぃ?」
「誰が乙女ですか、春人さん」
「本名で呼ぶんじゃないわよ」
めっ、と鼻先を突かれた。
「それで? 何かあったの?」
「いろいろと……いろいろなことがありまして」
僕が小説を書いていることをハルさんは知っていたけれど、Web作家として活動していることまでは知らなかったようなので、そこから説明する。
出版社主催の小説新人賞に長編小説を投稿して、一次選考を通過したこと。
校内で最近知り合った女子が自分の小説の大ファンだったこと、そして僕だけがそのことに気づいていて彼女は何も知らないままであること。
それらが頭の中をぐるぐる巡って、連載中の小説の執筆がなかなか進まないこと。
一方的に話す僕をさえぎることなく、相槌を打ちながらハルさんは聞いてくれた。
「なるほどねェん」
「僕、どうしたらいいかわかんなくて」
「別にどうこうする必要ないんじゃないのォ?」
「そんな……冷たくないですか」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなくて、旬ちゃんは自然体でいればいいんじゃない? そのコだって、ありのままの旬ちゃん、プラチナ先生のことが好きなんでしょう?」
プラチナ先生のことが好き、というワードに改めて気恥ずかしくなる。
おそらく事実なのだろうけれど、無性にむずがゆくなる。
「そうなんでしょうけど……」
「たぶんさぁ、旬ちゃん的には、自分だけホントのことを知ってて黙ったままでいるってのに抵抗があるっていうか、罪悪感みたいなものがあるんでしょう? あとは、自分の推しが実は旬ちゃんでした! ってバレたときにガッカリされたり嫌われるんじゃないかっていう不安とか」
「……そうかもです」
「んー、アタシからすると全然気にしなくてもいいと思うけどなぁ。人から好かれるとか嫌われるとかって、自分で決められるものじゃないし。それに、最近知り合ったばかりなんでしょう? ぶっちゃけ、もし嫌われちゃったとしても全然——」
そこでハルさんは言葉を区切って、僕の顔をまじまじと見てくる。
ははァん、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ラブってこと?」
「ラっ」
僕の反応で察したのか、ハルさんは両手を広げて僕を制するような身振りをした。
「オッケーオッケー、それなら仕方ないよねぇ。それで、向こうは旬ちゃんのことどう思ってんのォ?」
「どうって……だいたい小説のことを話してるだけなんで、正直あんまりよくわかんないっていうか……」
「んもう、シャイボーイなんだからぁ、旬ちゃんは。ラブいんだったらもっとグイグイいきなさいよ!」
「グイグイって、僕がそんなキャラじゃないのはハルさんもよく知ってるでしょう」
「っかあーッ! キャラとかじゃないのよ、大事なのはパッションよ、パッション!」
「いやハルさん、正直、よくわかんないんです。誰かを好きになるとか子どもの頃からほとんどなかったし、誰かから好かれるなんてなおさらで。でも、トモに言われて気づいたんですけど、僕、彼女のことをずっと見てるらしくて。そのことを彼女は気づいてないっぽいんでまだギリギリセーフなんですけど、なんかストーカーみたいじゃないですか。自分でも危ないなって。だけど授業中も、トモとかと話してても、家で小説書いてても、いつも彼女の顔が頭にちらつくんです。これってなんなんですかね?」
「旬ちゃん……」
呆れたように軽くため息をつき、優しげな顔をハルさんは向けてくる。
「それがラブじゃなかったら、いったいなんなのよ」
返す言葉がなかった。
「だいぶ重症ね……完全に恋しちゃってるじゃない」
「大丈夫ですかね? キモくないですかね?」
「え、どゆこと? キモいとか、全然そんなことないでしょう」
「いや、さすがに彼女のことをじっと見るのは気をつけようとは思うんですけどね。なんていうか、僕的には彼女とは小説の話も合うし楽しいけど、彼女のことを好きかどうかっていうのは本当によくわからないんですよ。それに、彼女からすれば、これまで普通に小説のこととか話してただけの同級生から急に好きみたいな感情を向けられたら、気持ち悪くないかなって」
「旬ちゃん」
あなたね、とハルさんは諭すように言葉を向けてくる。
「そんなことないから、大丈夫。そういう奥ゆかしいっていうか、ちょっと引っ込み思案なところも旬ちゃんのカワイイところなんだけど、あんまりネガティブに考えなくて大丈夫だから」
「……ありがとうございます」
「珈琲、冷めちゃったんじゃない? 特別に淹れ直してあげるわよォん」
ソーサーごとカップを持ち上げて「そういえばさぁ」とハルさんは言った。
「小説のほう、一次選考? 通過したんでしょう? すごいじゃないのォ」
「どうもです」
「それって、あと何回通れば受賞?」
「二次選考と最終選考があるんで、あと二回ですね」
「そっかぁ、どうなん? イケそう?」
「どうでしょうね……そういえば、そろそろ二次選考の結果が出る頃かも」
「えっ、見てみなさいよ、公式サイトで結果発表してるんでしょう?」
ハルさんは僕のノートパソコンを指さす。
一次選考の結果発表から二週間ほどが過ぎたので、タイミングとしては頃合いだった。
さっそく、光陽文庫小説新人賞のページを開く。
ページ上に【二次選考結果はこちら】のリンクが新たに追加されていた。
急に心拍数が上がってくる。
ひと息置いてリンクを押すと、ページがすぐに切り替わった。
『このたびは、第十三回光陽文庫小説新人賞にご応募いただき、誠にありがとうございます。二次選考を通過された作品は以下の一覧のとおりです。最終選考の結果につきましては、改めて公式サイトにて公開いたしますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。 光陽文庫文芸編集部』
——そんな。
僕は思わず立ち上がる。
「んんっ? どしたのォ?」
ハルさんの声が耳に入る。
それでも、ノートパソコンの画面から目が離せなかった。
二次選考通過者は五名。
著者名と作品名が並ぶリストの最後に《白金式部》の名前が載っていた。
(つづく)
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